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2016年11月25日金曜日

大森靖子から工藤ちゃんへ


イベント フライヤー
“ その名はスペィド ” と “ リアル 3 区 ” を見るために参加した TEKUMAKUMAYACON VOL.02。特に “ リアル 3 区 ” は関西初上陸と言うことで、“ ぐしゃ人間 ” のギター “ 亀 ” の活動を見守ってきた身としては、それが地下アイドルのイベントであっても不問だったのだ。ところが、このイベントには思わぬ出逢いがあった。正に瓢箪から駒というか、久しぶりにドキドキさせられ、こういうことがあるから集合イベントは侮れない と再認識させられた。出演者が 19 組にも及ぶロングランイベントだったので、とりあえず大森靖子絡みの “ ぱいぱいでか美 ” あたりからでいいか と考えたが、それ以外にも事前のネット検索で目を付けた演者の中に、“ 工藤ちゃん ” がいたのだった。
工藤ちゃんといえば、我々オヤジ世代はストレートに松田優作 『 探偵物語 』 の工藤俊作なのだが、今年で 22 歳の工藤ちゃんがそのことを知っているとも思えず、単純に今迄、その愛らしい容貌から仲間内で工藤ちゃんと呼ばれてきたのだろう と想像する。

帰宅してからネットでもう少し詳しく調べてみると、大森靖子も関係している “ ミス iD ” のファイナリストということで、だったらまぁ可愛いのは当然といえば当然なのだし、ファイナリストという人種は実は世の中には結構いるんだろうけれど、シンガーソングライターのスタンスで活動しているアイドルとなると少ないかもしれない。最近は、大原櫻子の成功事例に乗っかって、業界でもギター女子という仕掛けが粗製乱造されているが、この路線なら最高峰は当然、わが最愛の大森靖子以外、ありえない。
そして驚くべきことに、工藤ちゃんは大森靖子の熱烈なシンパで ( そのことは、4 : 44 と印字された帽子をかぶっていた時点ですぐに分かった ) 、ライヴが進むにつれ、そのレベルが、まじハンパないことを痛感させられた。それまでの演者が全員、カラオケで他人の曲なんかを歌っていたのに対して、弾き語りで登場しただけでもかなり異色なのに、その歌の内容が大森靖子を彷彿させるオリジナルだったら、そらインパクトはモノ凄いに決まっている。
MC も自己嫌悪的に ぐ~っ と深いところまで落ち込んでいく感じもあり、その凄まじい脱力感は確かに不思議ちゃん要素に満ちている。けれども、実際にはフロアの笑いを度々誘っていて、この展開はすでにファンの間では定番的なものに落ち着いているのか? ところが、ひとたび歌い始めると、大森靖子のエピゴーネンに過ぎる という難点はあるにしても歌唱力、歌詞、メロディとも随所に光るモノが見つかるのだ。それは表現者の資質として、大森靖子と同じリアルな匂いを感じる ということである。工藤ちゃんは、“ 劣化コピーだといわれまくっているけれどコピーしているつもりは全くない、ほとんど大森さんしか聞かないから影響はとても受けてるかもしれないけど… 私は他人のことを歌う歌は基本的に作れないしグッとくる言い回しも思いつかない、ただただ自分が気持ちいい歌を気分で作ってるだけだよ~ ”  とツイートしているが、この表現の対象を自分自身に限定していく という手法こそが大森靖子そのものであり、ありきたりのようでいて実は、昨今、あまり見かけないスタイルなのだ。また、劣化コピーでもなんでも、いわし亭にしてみれば、大森靖子と出逢って 4 年、とうとう彼女の継承者が現れた というのはとても嬉しい事実であり、感慨深くもある。そもそも、大森靖子にしても福岡でエイヴェックスにスカウトされ、メジャーデビューするまでの扱いは相当ひどいもので、大森靖子が積極的に報復に出るという経緯はあるにしても、ネット上には彼女のアンチがうようよいて、罵詈雑言、炎上騒ぎなどは日常茶飯事だった。 

 『 Sgt.ペッパーズ ロンリーハーツ クラブバンド 』 の内ジャケット。
明らかにストーン状態 にあるザ ビートルズ
通常、表現に向かう場合には、二つの選択肢がある。一つは、“ 作りこまない ” で、生身の人間 ( 自分 ) そのものを “ さらけ出してしまう ” という方法。もう一つは “ アルターエゴ ”、つまり本来の自分とは全く別の人格を作り出し、その人格を演じるという方法。

デヴィッド・スターマン・ボウイ
音楽の世界に限定すると、’60 年代の音楽はジャズにしてもロックにしても演奏家自身が体感したリアルな感覚をそのまま音に置き換えるという作業が中心だった。アスペルゲンガー症候群であったピンクフロイドの初期リーダー シド・バレットや 『 Sgt.ペッパーズ ロンリーハーツ クラブバンド 』 の内ジャケットで明らかにストーン状態 ( 目がヤバい! ) にある写真を使ったザ ビートルズ、あるいはサボテンからとれる幻覚剤メスカリンの体験を著したオルダス・ハクスリーの 『 知覚の扉 』 からバンド名を取ったドアーズ、等々、サイケデリックなどと呼称されたサウンドの多くはクスリの服用体験と不可分の関係にあった。一方、’70 年代以降の音楽はよりプロフェッショナルな方向へと舵を切り、例えばデヴィッド・ボウイは、ジギー・スターダスト以降、何度もそのキャラクターを変貌させながら、いくつもの別人格を生きたし、キングクリムゾンの総帥 ロバート・フィリップは音楽を頭脳支配的なものとして科学的に定義し直し、圧倒的な技術志向の上に、宗教や神秘体験を再現した。
“ セックス ・ ドラッグ ・ ロックンロール ” という慣用句は、’60 年代には本来の意味を伴って機能したが、’70 年代以降のそれは本当に自堕落で破壊的な性格や人生がもたらすものではなく、偽物をより本物らしく見せる “ アルターエゴ ” のプロフェッショナルな技術革新によって表現されてきたものだ。ロックが非常に優れた音楽である証左は、こうした流れの中で必ず大きなカウンターあるいは揺れ戻しが起こることである。アルターエゴが進化して何のリアルも感じさせないビジネスエゴと化し、頭でっかちで、大人の楽しむ、退屈でカビが生えたようになっていたロックは、セックスピストルズの出現と同時に第二次ブリティッシュインヴェンションつまりパンクロックの洗礼を受ける。生身の身体観と肉声を取り戻したロックは、セックスピストルズが P.I.L. へと歩みを進める中でオールタナティヴという多様性を獲得し、世界中の民俗音楽やノイズ、ジャズ、現代音楽といった様々な音楽と交配を繰り返して、複雑怪奇な魑魅魍魎へと変貌してくのだが、それはまた別の機会に…

“ 作りこまない ” “ さらけ出してしまう ” という感覚は、大森靖子の作品を語る時、ことさら重要な要素になる。例えば、小学校六年生の時の衝撃的過ぎる初体験の話とか、自分の中にいる “ オヤジ ” 的美少女嗜好のこと、銀杏 BOYZ の峯田和伸宛てに執拗に送られた電子メールの話等々、黒歴史と呼んで差支えない壮絶な十代を送っていることが、ネットを検索するといくつも見つかるのだが、これらは全て大森靖子自身の口から語られている。

大森靖子と吉田豪、朝井リョウ

トレンドニュース ( GYAO 2016 年 3 月 23 日 20 時 44 分配信 ) の吉田豪とのインタヴューで

吉田 大森さんの本にはもっと衝撃的なことが書かれてましたよ! 基本、隠しごとのない人だからそりゃあ本もおもしろくなりますよね。

大森 隠しごとはないですね。それ、普通だと思ってたらタヒさんに 「 隠しごとがないのはすごいことだから 」 って言われて、「 そうなんですか! 」 って。でも、見られてマズいものはよくよく考えれば何もないはずなんですよ。べつに裸もなんてことないし

吉田 そういえばニューアルバムの豪華版のブックレットに妊婦ヌードを載せてましたよね

大森 ああ、あんなの何とも思ってない。いちいち隠すの面倒くさいな、ぐらいの

そしてこうした経験が血肉化された大森靖子の歌は、強くまたリアルである。大森靖子の弾き語りが、バンドサウンドを凌駕する瞬間が往々にしてあるのは、彼女の持つ熱量がバンドという虚構を簡単に乗り越えてしまうからだ。2015年3月の名古屋のライヴで、初めてバンドサウンドに圧倒されている大森靖子を目の当たりにして、物凄い違和感だったのだが、実はその時、彼女は妊娠していたのだった。

大森靖子は 『 ROLa ( ローラ ) 』  2014 年 7 月号で 『 ポップでしみる歌詞の世界 』 というテーマで直木賞作家の朝井リョウ ( 大森靖子には優秀な作曲家・作詞家・歌手、3 人分の才能が集まっているとし、「 彼女が小説家でなくてよかった 」 とまで語った ) と対談しているが、ここではそれまでと一転して

大森 身を削ってる奴なんかいるわけないじゃん ( 笑 )

朝井 曲のなりたちに深い生まれた理由を求められたりとかしません ? 浜崎あゆみ、昔の恋人ほんとに亡くしたのかな とか、まんまと思っちゃったりしてね

大森 みんなたぶん、自分のことを書いた、意味のある作品が好きなんだと思うんですけど、私は意味のないものが好きで

とかとか、語っていて、つまりは歌詞の内容と作家の人生を結び付けられても困る というような発言をしている。歌詞の中の主人公はアルターエゴだと言うのだ。この記事には相当がっかりさせられた記憶があるが、先に挙げた吉田豪とのインタヴューは朝井リョウとの対談のさらに後なのだから、始末に困る。結局、大森靖子は “ 作りこまない ” “ さらけ出してしまう ” という資質を根本的に持っていて、シンガーソングライターとして進化する中で、それをアルターエゴを介在させて作品へと編集・加工するテクニックを磨いた と一応、結論付ける。
 
リアル3区~手前のギタリストが “ 亀 ”  

大森靖子に特徴的なこの “ 作りこまない ” “ さらけ出してしまう ” という感覚は、表現者の資質としては相当、重要 ( 少なくともいわし亭はそう確信している ) だが、工藤ちゃんの歌は、それをいとも簡単にクリアしている。これは凄いことで、例えば、TEKUMAKUMAYACON VOL.02 の他の演者で、この資質が見られたのはわずかに “ リアル 3 区 ” くらいだが、彼女たちはその作品と自らの生活が地続きである という点でリアリティを担保しているに過ぎない。そもそもレベルミュージックであったラップをやる以上、それは必要最低限の手続きなのだ。では、その他の演者のパフォーマンスがアルターエゴを駆使したものなのか というと、所詮は地下アイドルであり、当然のことながら全くもってお話にならない。それをかろうじてクリアしていたのは、“ その名
はスペィド ” “ 大石理乃 ” “ ophelia 20 mg ” あたりだろうか。良く分からないのは “ 大石理乃 ” だが、メジャーとして活動した経験があり、頭のいい人だけに、やはりエロ話などをはさむことで“さらけ出して”いるように見えて、実はかなり計算している。

“ その名はスペィド ” のアリスト・ジゼルの雄姿
工藤ちゃんのリアルがもたらす破壊力は他の演者が気の毒になるくらい圧倒的であり、このインパクトはかつて “ 日本マドンナ ” に感じたものに近い。つまり、これこそがいわし亭にとってのロックであり、パンクである。しかも工藤ちゃんの場合、これにアイドルとしての可愛らしさとトンでもない脱力感が加わる。
“ 作りこまない ” “ さらけ出してしまう ” ことは音楽性にとどまらず、実はステージの後半で水着姿になる というパフォーマンスにも直結している。もちろん、これは“ミスiD”ファイナリストという容姿に加え、まだ 20 代前半という強み でもあるのだが、この “ 脱ぐ ” という選択をした時点で、工藤ちゃんは他の演者のさらに先を行っている。ただ、まぁそれはそれとして、可愛い女子の水着姿というのは、単純に嬉しいという点でも、たいへん重要ではある。
“ その名はスペィド ” のアリスト・ジゼルは、基本的に極めて露出度の高いセパレート、あるいはすごい切れ込みの入ったワンピースの水着のような、あるいは身体に張り付いたような白のシースルーのドレスをステージ衣装 ( ? ) に選ぶ。スレンダーな女性なので、胸のボリュームが圧倒的に足りないのが残念だが ( 失礼! )、その衣装はある意味、“ クレイジーホース ” ( フランス・パリにある、世界的に有名な観光ナイトスポットで、数あるパリのナイトクラブの中では老舗の1つ。扱うテーマは女性のヌードショウでありながら芸術性を伴ったストリップショウであり、他のテーマを扱う同類のものとは一線を画している ) のレビューショーを思わせ、完成度の高いステージを作り出す上で、重要な要素の一つになっている。ここまで来ると、もはや完璧なプロのビジネスエロである。


アイドルイベントでは水着姿で歌う “ 工藤ちゃん ” ~ “ 工藤ちゃん ” は、なにげに別嬪さんです

しかし、実際には剥き出しのスキャンティ姿よりも、日常のなにげない風景の中、風でスカートがめくれて見えるスキャンティの方がはるかにエロさを感じさせるように、あるいはそこに見られたくないという羞恥が加わることによるサディズムとマゾヒズムの共犯関係こそがエロの本質ではあるまいか。工藤ちゃんの水着姿は、“ クレイジーホース ” や “ その名はスペィド ” がショーとして見せているもの、あるいは裸体こそが衣装そのものである AV 女優とは真逆であり、だからこそとんでもなくエロい。工藤ちゃんの腰の張りは若さが弾けるようで実に素晴らしいが、かなりスレンダーな女性で、胸のボリュームが圧倒的に足りないのが残念 ( 失礼! ) だが、逆にそこから立ち上る何とも薄幸なイメージに工藤ちゃん特有の不思議ちゃん的風情が加味されることにより、これはもう正に日本語でいうところの “ いやらしい ” という次元に突入していて、いわし亭のドエス心の一番深いところにビンビン、突き刺さる ( 苦笑 ) しかも驚くべきことに、何とこの恰好のままで物販に突入する。アイドルの物販では定番とも言えるチェキ会だが、工藤ちゃんのこのサービス精神満点の対応は、単純にうれしい ( 笑 ) アイドルという記号の本質は、性の切り売りであり、性の商品パッケージ化でしかないワケで、そのことを工藤ちゃんは自分自身を玩具化していくことで、白日の下にさらけ出している。その意味で、工藤ちゃんが自分自身をアイドルではない と繰り返し発言するのも、何となく分かる気がする。


2016 年は 
6 月に sugar ’N’ spice の K ことヴォーカルの Kyao が体調不良でセミリタイア、7 月に後藤まりこが音楽業界からの完全引退、ex 日本マドンナのまりながギターを弾いていた “ ゆゆゆゆゆゆん ” が活動休止、8 月に黒木渚が喉の不調で一定期間の活動休止宣言、10 月には TADZIO が活動休止 … いわし亭にとっては正に断腸の連続だった。

しかし、今夏、工藤ちゃんに出遭えた。残り三分の一は、幸せに過ごせそうだ。


※ 工藤ちゃんはほぼ毎日、都内のどこかであるいは地方遠征でライヴを行っている。詳しくは以下のサイトでご確認を!









2015年9月25日金曜日

21世紀型アイドルの今 初音ミク ☓ 非常階段 → 初音階段 



2013 年から ’14 年にかけて、日本のアイドル界を震撼させた事件は、何と言っても BiS ( ビス ) とキャリア 35 年を数えるキング オブ ノイズ 非常階段の合体、BiS 階段だろう。もはやゼロ年代の日本のアイドルは、歌謡曲のフォーマット限定で活躍するわけではなく、ハードロックあり、ヘヴィメタルあり、パンクありとジャンルの垣根を軽々と飛び越えてしまったが、最後の聖域であったノイズとのコラボレーションを果たしたのが、“ アイドル界の暴走機関車 ” “ 掟破りのアイドル ”  BiS であったのは当然の帰結とも言えよう。

BiS とは、新生アイドル研究会/Brand-new Idol Society の頭文字を並べた名称である。2010 年 11 月、アイドルを研究し、アイドルになろうとする、アイドルになりたい 4 人組としてスタートし、約 3 年半の活動中、何度かのメンバーチェンジを経て、2014 年 7 月 8 日、横浜アリーナでの解散ライヴ 『 BiS なりの武道館 』 にたどりついた時点では 6 人組となっていた。“ 自給自足 ” をスローガンに、振り付けはもちろん、初期にはイベントのブッキングも自分たちで行っていた。
BiS はいわゆる一般的なアイドルとライヴアイドルとのぎりぎりの境界線上を微妙にズレ動く抜群のセンスで、業界内にもファン ( ちなみに BiS ではファンを総称して研究員、ライヴを報告会と呼ぶ ) を急増させてきた。そのセンスは、全くの別のジャンルで確立されたメソッドをアイドルという無菌室に持ち込み、多大なるインパクトを生じさせる という方法論を確立する。
例えば、深い森の中を舞台に全裸で走りまわる PV ( 「 My Ixxx 」 ) 。ただし、全裸になっているとはいえ、映像的にはシルエット処理されており、惹句から想起する内容には程遠い。とはいえ、AV  業界としてはごくごく当然の手法をアイドル PV に持ち込むという違和感の対象化、さらに増長化は、想定以上のリアクションを引き出すことに成功した。
また、悪名高い数々の特典会がある。CD 等を大量販売する手法として確立された特典会は、AKB48 が十八番にしている握手会がその代表例だ。この握手会をワルノリも含め、拡大、過激化していったのだが、ハグ会、ケツバット会、ローション握手会、ちゅー会、キス会、KISS 会、ハリセン会、もみもみ会、罵倒され会 等々、結果、凄まじい勢いで増殖した。いちいち説明するのも面倒なので、興味のある人はググってみて欲しい。
アイドルという現象が、つまるところ性の切り売りである以上、商品化という方向性を突き進めば、キレイごとではなく BiS の取った戦略は肯定せざるを得ない。“ 乱立するアイドル戦国時代を勝ち抜いていくためには避けられない方法論であった ” とのコメントには圧倒的な説得力があるし、むしろ清々しい位だ。そして、BiS の楽曲は実は非常にポップでキャッチーな名曲揃いであり、BiS は楽曲を聴かせることさえ出来れば、十分、勝負出来ると確信していたのだ。


BiS階段の雄姿
非常階段の JOJO 広重が BiS にアプローチしたのは、“ もともと BiS のことは研究員さん達が教えてくれたんですよ。というのも、ツイッターで < ももいろクローバー Z と非常階段で、ももクロ階段が出来たらすごい > なんて話が出てたんです ”。ももいろクローバー Zは、すでにヘヴィメタルとのコラボを実現していた ( ’15 年 年頭には何とアメリカンハードロック レジェンド KISS とのコラボシングルを発表。さらに 3 月 3 日 東京ドームのツアーファイナルへの特別参戦も決まっている ) ため、そのような意見がごくごく普通に出たのだろう。そもそも、ももいろクローバー Zのマネージャー 川上アキラはプロレスファンで、その舞台演出・プロモーション戦略には多分にプロレスの影響が見て取れる。“ そうしたら、BiS ファンの何人かが < JOJO さん、だったら BiS もいいですよ > と言ってくれて。それで実際にチェックしたら < あ、ホントだ > と ” とのことだった。
BiS はその戦略として、前出のように違和感を対象化し、ジャンルの垣根を軽々と飛び越え、そのマージナルな領域における絶妙のバランス感覚に加え、パンクに傾倒する破壊衝動をユニット内ですでに飼い慣らしていたこと ( ライヴでは、ファンに向かってスクール水着でダイブ ! するようなパフォーマンスも実践している ) が、稀代のキング オブ ノイズ 非常階段とのコンビネーションの良さを生んだのだ。そして、非常階段は過去からこうしたコラボレーションにおいても抜群の応用力と順応性を見せつけてきたバンドであった。
BiS 階段は解散を間近に控えた 4 月に坂田明、大友良英を交えた JAZZ BiS 階段を敢行するが、このライヴに関するファーストサマーウイカのブログを読むと、女性特有の直観で一気呵成にノイズの本質に肉薄していることが分かり、感心させられる。
本稿の主役は初音階段のため、BiS に関する記述はここまでとするが、この程度の内容では到底、彼女たちの活動には追いつけない。是非、ネットサーフィン、DVD、映画等々で BiS を再体験して欲しいと思う。


初音ミクは三次元立体映像で実現したヴァーチャルリアリティの中に存在する仮想アイドルだ。2014 年 10 月には、米国ロサンゼルス NOKIA Theatre、ニューヨーク Hammerstein Ballroom で総合イベント 『 HATSUNE MIKU EXPO 』 第二弾 ( 第一弾は 5 月にインドネシアのジャカルタで開催 ) が行われ、その熱狂の様子が WOWOW で実況中継されたが、歌い踊るミクにあわせて、ペンライトが降られ、声援が飛び交う様は、現実のトップアイドルのライヴと何ら変わりないものであった。

だが、こうした状況が全く理解できない人々もまたたくさんいて、ヴァーチャルリアリティのアイドルに対して、何故、あれほど熱狂できるのか? といった正に愚問がネットやメディア等、あちらこちらで散見された。そもそも観客の存在が前提となる全ての興行において、そのアイコンには実態がない。舞台の上で演じられる世界はモチロン全て偽物であるが、コンセンサスとして、それはそういうものであるとクリアされている。同様にプロスポーツ選手や TV のパーソナリティは言うに及ばず、ドキュメンタリー映画で描かれる人物ですら、映画のフレームに収まった時点で、架空の存在と化すのである。
アイドルもまた演じられているのは当然のことなのだ。2014 年 6 月 AKB 48 第 6 回選抜総選挙で1 位となり、念願のセンターを獲得した渡辺麻友のインスタグラムのプライベートアカウントが流出し、“ まゆゆブラック化の衝撃 ” 等々、マスコミでかしましく報道されたが、この事件、むしろファンの方がはるかに冷静で “ 昔からまゆゆの < 腐女子ぶり > は有名だった。むしろ好感が持てる ” といった意見すら聞かれたのである。
20 世紀最大のアイコンであるマドンナ ( 考えてみるとこのアーティスト名自体、実態がまるで想像できない名称ではないか! ) が素晴らしいのは、マドンナ=ルイーズ・チコネという女性もアイコンとしてのマドンナのいちファンであり、マドンナがどのようにふるまうと嬉しいのか というファン視点で客観性を担保しながら、セルフプロデュースを完璧にこなしているからだ。マドンナはアーティスト エゴを振り回して、自分のやりたいことを追求したりはしない。そんなことは、ファンの誰も望んでいないからである。
その意味で優れたパフォーマーは、ファンが望んでいる架空のキャラクターを演じているし、演じられたキャラクターと演者としての個人は全く別の存在である。


2014年5月、BiS 階段が発展的に解消したことを受けて、同時多発的に存在した非常階段のコラボユニットの一つ 初音階段が再度、クローズアップされることになる。
初音階段は、ヴォーカロイドとしてサイバー空間上に出現した初音ミクをフィーチュアして、彼女の歌に非常階段がノイズで伴奏を付けるというユニークなアイディアをレコーディングするための架空ユニットであった。アルバムではリーダー JOJO 広重の広範な音楽的素養を裏付けるように、ヴェルヴェットアンダーグラウンド、ジャックス、頭脳警察、JAGATARA、ケイト・ブッシュ、キング クリムゾン、チューリップ、原田知世、『 新世紀エヴァンゲリオン 』 主題歌 等々がカヴァーされており、非常に興味深い内容になっている。
架空ユニットであった初音階段は、その後、シンガー ソングライター 白波多カミンが初音ミクを演じることで、三次元へと実体化し、本当にライヴを行うようになる。そして、ライヴで使われている手法には、まさに JOJO 広重が BiS 階段で実験し、錬成し、完成させたものがそのまま持ち込まれている。

白波多カミンのバイオグラフィーで注目すべきは京都で生まれ育ち、下鴨神社で巫女様を務めていたというキャリアである。
いわし亭は、日本のアイドル始祖は、慶長 8 年 ( 1603 年 )、京都 鴨川の河原で人気を博した “ かぶき踊り ” の創始者、男装の麗人 出雲阿国 ( いずものおくに 元亀3年/1572 年 -没年不詳 ) であると思う。彼女は出雲大社の巫女様で、文禄年間、勧進のため諸国を廻った。京都市東山区 四条大橋東詰には、腰にひょうたんをつけ、右手に扇子、左手で刀をかつぎ、見栄を切るいなせな阿国の像が立っている。
中世ヨーロッパで秘かに流行したサバト ( 魔女や悪魔を崇拝する集会、魔宴、魔女の夜宴 )、アフリカの部族の間で行われる宗教儀礼、等に通底する阿国踊りは、時の為政者によって禁止されるほどに民衆の熱狂を生み出すが、こうした熱病のような状況は現在、毎晩のように繰り返されるオールナイト イヴェントの類 ( ♪ 土曜の夜はフィーヴァーしよう ) と驚くほど似通っている。あるいは、ジャマイカのボブ・マーリー&ザ ウェイラーズやナイジェリアのフェラ・クティ、フランスのマグマ、等々で象徴的に用いられる女性コーラスがもたらす狂騒的な興奮状態、さらにはトランス状態に入り易い女性性を必要不可欠とする巫女という職業、等々、いわし亭がアイドルという現象を読み解くとき、演者としてのあるいはファンとしての女性性に着目するのは当然の帰結なのだ。

キング クリムゾンがその偉大なる歴史をスタートさせた革命的な一曲 「 21 世紀の精神異常者 」 ( レコード制作基準倫理委員会の審査基準の変化によって現在は 「 21世紀のスキッツォイド・マン 」 という表記に改められているが、これ何なんですかね? 英語カタカナ表記にしてるだけで、意味するところは何も変わってないやん… 医療用語としての schizoid は精神分裂病、現在では統合失調症を指す言葉になっている) は技術的に非常な難曲として有名 ( あのゲイリー・ムーアがグレッグ・レイクとバンドを組んだ際、レパートリーとして演奏していたが、ロバート・フィリップと会見した彼は “ 難し過ぎる ” と苦言を呈した という都市伝説がある ( 笑 )  第一期のキング クリムゾンはこの曲をアンコールで必ず演奏していたが、第二期のディシプリン クリムゾンはついに演奏することはなかった ) だが、何よりもまずリスナーの耳をとらえるのは VCS3 シンセサイザーでイコライジング処理された摩訶不思議なヴォーカルである。
渋谷陽一は自著の中で “ ヴォーカルは、言わばそのバンドの顔であり、ミック・ジャガーが歌っていない ザ ローリング ストーンズはもはやストーンズとは呼べない。それほど、バンドの個性を決定づける重要な要因のはずなのに、この曲はヴォーカルそのものを無個性化している ” と述べているが、これはつまりクリムゾンのアイデンティティにとってヴォーカリストの存在はそれほど重要ではなかったということに他ならない。実際、そのことを裏付けるようにデビューアルバム 『 クリムゾン キングの宮殿 』 以降、キング クリムゾンはリーダーのロバート・フィリップだけを残し、目まぐるしいメンバー チェンジを繰り返した。この 「 21世紀の精神異常者 」 も正式に発表されているものだけで 3 人のヴォーカリスト ( グレッグ・レイク、ボズ・バレル、ジョン・ウェットン ) のヴァージョンが存在する。
ゼロ年代に入って登場した神聖かまってちゃんは、ネット ツールを巧みに利用し、自作 PV を YOUTUBE やニコニコ動画へ投稿、ニコニコ生放送や TwitCasting での定期配信、さらにライヴそのものをストリーミング配信する手法を確立した先駆者である。女の子でも男の子でもないという意味を込めて、“ の子 ” と名乗り、作詞作曲の多くを手掛けるバンドの中心人物は、ライヴ中に自分のヴォーカルをシーケンサを使ってリアル タイムの中で反復再生する際に、やはりイコライジング処理を施し、性差が判別できないものへと変形させていた。ミドリ時代の後藤まりこも、同じくそうしたパフォーマンスを得意としていた。

ヴォーカロイドとはそもそもアイデンティティが消滅しており、ユーザ側の都合によってどのようにでもアレンジが可能な、そういう性質のものではなかったか? と今更ながら、思う。全てのユーザーに等しく開示された初音ミクのコンセプトは、個性がないからこそ驚異的な発展と広がりと独自性を得たのだ。個性がないことこそ、個性である というこの言葉遊びのような二律背反は、さらに
2次元と3次元を自由に行き来するための必要十分条件にもなっている。
二次元の世界で誕生した初音ミクは、その後フォログラフ立体画像により三次元化して、アイドルとしてライヴを行い、ついにはあの冨田勲が指揮するオーケストラ ( 冨田勲 『 イーハトーヴ交響曲  ISAO TOMITA SYMPHONY IHATOV 』 ) とさえ共演した。ミクは多くの人々の手を経て、様々なキャラクターを加味されたが、それもまた没個性という前提があったが故である。没個性であったからこそ、ヴァーチャルリアリティ上のあらゆるニーズを満たすことが出来たのだ。


さて、いわし亭がこの三次元の初音ミクを擁した初音階段を初体験したのは、2013 年 5 月 11 日 関西アンダーグラウンドのメッカ 難波ベアーズだった。

白波多カミン扮する初音ミク

初音階段の初代・初音ミク 白波多カミンはれっきとしたシンガー ソングライターであり、レイヤーではなかったから、しっかりヴォーカリストしていた。もちろん、初音ミク仕様に声質も変調させてはいたが、白波多カミンとしてのキャラクターの方が、初音ミクをはるかに上回っていたと言える。結果として、三次元フォログラフ立体画像の初音ミクと非常階段との共演 といった当初のイメージは希薄になってしまった。このライヴでは、むしろ白波多カミン アンド ハー フレンズといった気配のほうが濃厚だった。
アンド ハー フレンズと言えば、2014 年 5 月 19 日に同ベアーズで開催された白波多カミンの 『 くだもの 』 発売記念ワンマン ライヴでは、何とバックをジャズメン様に正装で決めた HIROSHI ( from 奇形児 ) 、FUJIWARA ( ex.サバート・ブレイズ ) 、岡野太 ( from 非常階段 ) 、HAJIMETAL ( from 誰でもエスパー、ex.ミドリ ) が務めるというとんでもなく豪華なメンバーが実現している。

レイヤーにとって初音ミクは、たくさんあるレパートリーの一つに過ぎない。実際、ネット上を検索すれば、可愛らしい初音ミクはモチロン、複雑怪奇な魑魅魍魎系まで実に多種多様な初音ミクにヒットする。その意味では実態のない、誰でもないレイヤーに演じられている初音ミクだからこそ、サイバー空間に存在する初音ミクの代替キャラクターとして、受け手の側にも歩み寄る余地が生まれる。


難波ベアーズに再登場した初音階段のメンバーは、非常階段の JOJO 広重、Nasca car を率いる電子音楽家 中屋浩市、そしてレイヤーの“ るしゃ ” 。二代目・初音ミクをレイヤーに演じさせた JOJO 広重の目論見は見事に正しい。
中屋浩市はテルミンをはじめとするエレクトロ ノイズを担当。テルミンに向かって慎重に手をかざすその姿には一種独特な学者然とした風情が漂う。JOJO 広重はモチロン、ギターである。とは言え、あれはもはやギターではなく、完全に別の音を出す楽器である。一番前で見れたので、確認出来たのだが、あの信じがたい音色のヴァリエイションを実現するデヴァイシズ ( devices : キング クリムゾンのロバート・フィリップが、担当楽器として表記していた言葉 ) が、決して多くはないエフェクターによって実現されているのは何とも意外だった。

ツイッターの通り、階段にへばりつく “ るしゃ ” 
難波ベアーズは地下にある





------------------ るしゃ @LeChatPrince 10月30日

大阪ライブでした。日本でのライブが久しぶりすぎて始まる前かなり緊張して階段にへばりついていましたが、始まればすごく楽しくてわざわざ来てくださった方もたくさんいて暖かい感想もたくさん頂いてほんとうにほんとうにうれしかったありがとう愛 


“ るしゃ ” は当然のように、ライヴ中の声を変調させており、MC 時とは全く違う声でヴォーカルを取っている。また、実際には歌っていないことも多く 、いわゆるリップ シンクも多かった( ? ) ように思う。
初音ミクは基本的な扮装のデフォルトとして、ヘッドフォンを付けているのだが、これで大音響のノイズの中でもメロディ ラインを確認できる とも、ヴォーカル ガイドを聴いている とも思えるが、いずれにしても、そもそも雰囲気アイテムであったヘッドフォンに、明確な装着理由が生まれた という点が面白い。


ここからいきなり、アイドル試論へシフトします !  ( 苦笑 ) 
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アイドルとは生まれてくるものである。つまり、アイドルとは生まれながらにアイドルなのだ。それゆえに、努力や鍛錬の結果、習熟していく他の表現領域とは根本的にそのありようが異なる。音楽的才能が皆無のアイドルによる歌唱やとんでもないダイコン役者のアイドルが出演する映画や舞台があったとしても、そのアイドルが生まれながらのアイドルであれば、そこには必ずファンが存在し、必ず需要が生まれる。そもそもアイドルとは宗教的なニュアンスから派生した言葉であり、現在のような使われ方のルーツは米合州国のエンタテインメント業界にある。日本ではむしろスターという呼称の方が一般的だった。そしてアイドルとファンの関係は、言うまでもなく宗教的である。

それにしても、この “ るしゃ ” が見せるヴォーカロイドとしてのたたずまいやロボットダンスの動きは、猫 ( Le Chat ) と名乗るだけあって、とにかく圧倒的に “ 可愛い ”。アイドルの世界観の中で “ 可愛い ” は最大の正義であって、それこそ何ものにも勝る価値である。この “ るしゃ ” というレイヤーは自らの武器に十分、自覚的であり、得難い存在感を獲得している。
そしてこれが、やっぱりアイドルのイヴェントなのだな と痛感させられるのは、ライヴの後に控えているチェキ会である。JOJO 広重が MC で、“ あと3曲です ” と宣言した際、フロアでは一様に “ え~!! ” という声が挙がったが、それを受けてすかさず “ 本当は、この後のチェキ会の方が楽しみのくせに ” と苦笑交じりにコメントしていたけれども、それもまた全く正しいと納得できるほどに、“ るしゃ ” の可愛さは際だっている。
“ るしゃ ” がレイヤーとして体現しているキャラクターは、日本人の女の子ならではの可愛らしさ( アイドルに限らず日本人の女の子の可愛らしさは世界イチ との定評があるが、いわし亭はその意見に全面的に賛成だ ) と欧米人並みの ボン! キュッ! ボン! というスタイルをあわせ持っていて、正にアニメから抜け出てきたようである。“ るしゃ ” がアニメを三次元化するために払っている努力や犠牲が半端ではないということは、すぐさま理解できるだけに、その役割意識はさすがだとも思う。
そしてこの二次と三次を縦横無尽に行き来する現実感の乏しさこそ、まさに三次元立体フォログラフの中に登場する初音ミクにオーヴァーラップするものだ。

三次元立体フォログラフの初音ミクと中田ヤスタカのプロデュースする perfume やきゃりーぱみゅぱみゅとの間にはもはや境界線がない。ヴォーカロイドが人間に近づこうとし、人間がロボットの動きを模し、最終的にそのどちらでもないマージナルな表現領域が獲得されたわけだが、これはかつて ’60 年代の終わりにアンディ・ウォーホルが稀代のロックバンド ヴェルヴェット アンダーグラウンドを得て画策した音楽 ダンス フィルム 照明、そして聴衆をも巻き込むマルチメディア イベント “ エクスプローディング プラスティック イネヴィタブル~爆発 人工的 必然 ” と言う言葉を想起させる。
いわし亭には、このプラスティック ≒ 人工的 という言葉に彼女たちのイメージがモロに重なるのだ。すべすべした人工的な偽物感覚は perfume やきゃりーぱみゅぱみゅの非人間的な動作やセルロイドのお人形の様な外観に濃厚だが、一方アイドルとしての彼女たちが性的対象として担う肉の部分がこのプラスティックの外観に無理やり押し込まれているという二律背反イメージの奔流は実に興味深い。
例えば、映画 『 日々ロック 』 ( 監督 : 入江悠 ’14 年 ) の二階堂ふみは、この作られたプラステック感覚と生身のアルコール中毒の女子という二面性を実にうまく演じている。

’73 年 1 月、『 平凡パンチ 』 に今となっては伝説とさえ形容されるヌード写真が掲載された。麻田奈美の “ りんごヌード ” である。今日的な意味でのヌードルでありながら、同時にトップアイドルとしても君臨した彼女の存在は空前絶後であり、ポスターにもなったこの “ りんごヌード ” は、’70  年代の男子の部屋には必ず貼られているとまで言われた。一世を風靡した麻田奈美はしかし、今見ると、やはりバスト、ヒップとも相当に豊満な印象を受けるのだ。
あるいは、’75 年 6 月に初代クラリオン ガールに選ばれ、同年の CM 出演によって、爆発的な人気を博したアグネス・ラムも同様、健康的に日焼けした小麦色の肌と豊かなバストは、生身の感覚が強く、実在する女の子のサガをきちんと感じさせてくれる。二次元のアニメの中で躍動し、レイヤーが挑み続けるキャラクターたちは、彼女たちに較べるとバストの豊満さに比べて体幹が痩せ過ぎの印象があり、そのありえない非現実感ゆえに、やはりプラスティックな印象の方が強いのだ。そして、21世紀型アイドルのヴィジュアルは麻田奈美やアグネス・ラムから確実に人工的なものへとシフトしており、そこに挑み続ける彼女たちの試練もまた半端なものではないのである。

また、アイドルには賞味期限がある というのもまた、何とも刹那的で良い。後藤まりこや大森靖子はアイドルとの共演が多いことでも知られるが、彼女たちはそろって、“ 女の子でいられる時間は限られている ” ということを繰り返し、発言している。
大森靖子がドリームズ カム トゥルーの楽曲をカヴァーした 『 私とドリカム ― DREAMS COME TRUE 25th ANNIVERSARY BEST COVERS ― 』に参加した経緯から実現した中村正人との対談では、実に秀逸な会話が引き出されている。
ここで “ ブルーズ ” を “ 刹那 ” と言い換えた二人の言語感覚は見事だ。そして、この会話だけでも凡百のアイドル論を遙かに凌駕する破壊力を備えていると思う。

-------------------------------------
大森 : 女の人は、いつか失ってしまうって思ってるからブルーズが若いときに来るんですけど、男の人はあとで来るんです。だから私、おじさんと若い女の子が好きなんですよ
中村 : なるほどね。女の子は若いときに刹那があるんだ
大森 : そうなんですよ。で、男の人はおじさんのほうが刹那があるんです


実はいわし亭もこういうのは、嫌いな方ではない。とりあえず、ロボットみたいなポーズをリクエストして、撮ってもらったチェキ。なんだかうまくいかずに、苦笑気味なのが、可愛らしい。それにしても、いわし亭、デカ過ぎ。いやいや、 “ るしゃ ” が小柄過ぎるのだ ( 苦笑 )


共演の細胞彼女もアイドルらしい元気いっぱいのライヴを展開

------------------ JOJO 広重 @jojo_hiroshige 2014年10月30日

初音階段&細胞彼女終了、多数来場ありがとうございました。大いに盛り上がりました!「千本桜」がいい感じで演奏できてよかった。明日は秋葉原グッドマンです!よろしくお願いします!













2015年9月4日金曜日

ハートが大好きだったシーナは、ヴァレンタインに旅立った ~ 追悼 シーナ

2015 年 2 月 14 日
1978 年の結成当初より中断や解散状態に一度も陥らず、35 年間走り続けたシーナ&ロケッツで、日本の女性ロック ヴォーカリストのスタイルを確立したシーナ ( 本名 鮎川悦子 ) が、子宮頸がんのため、入院先の都内の病院で亡くなった。享年 61 歳。

“ 35 年一緒に ( シナロケを ) やれて、幸せでした。ファンの方にも幸せでした、と伝えてください ”
“ 歌うことが好きで、病気治ったら何したい? って聞かれたら < 歌いたい > って。( 最後にそれが ) かなわんかったから、歌聞きながら…。素晴らしい歌手でした。一緒に 35 年過ごせて、幸せでした。ファンの皆さんから愛されて、とても幸せやったと思います。ハートが大好きだったから、バレンタインが命日に なって… ”

夫、ギタリストの鮎川誠 談 デイリースポーツ 2015年2月14日


めんたいロック ( 実際には、福岡にとどまらず日本 ) を代表するロック黎明期の名バンドであったサンハウス~ ミシシッピー デルタ ブルーズの大御所の名を冠したその命名自体、名は体を表すを地で行くものだ。ヴォーカルの柴山俊之はそのスタイルと作詞能力で抜きん出た存在感を発揮している ~ でシャープで切れのいいギターを聞かせていた鮎川誠は、1971年、高校3年生の夏休みに恒例の家出を終えて京都から帰ってきたシーナと博多のダンスホール “ ヤング・キラー ” で運命の出会いをする。二人は生き方や音楽の好みなど多くの点でヴァイヴス ( ! ) を共有し、すぐさま同棲、事実婚の状態になった。
シーナ & ロケッツがユニークだったのは、ミュージシャン同士が結婚したのではなく、もともとの夫婦がバンドを結成したという点だ。実は、それまでシーナはヴォーカルを担当したことがなく、バンド結成時は完全な素人だった。そもそも、1978年当時、ヴォーカリストとして指標になる女性ロッカーは、すでにパンクの洗礼を浴びた海外 ( 例えば、ブロンディのデボラ・ハリーやパティ・スミス、スージー・スー、ニナ・ハーゲン、スリッツのアリ・アップ、レインコーツのアナ・ダ・シルヴァとジナ・ バーチ、X-レイ スペックスのポリー・スタイリン といったところか ) でならともかく、日本では OZ を率いていた女帝カルメン・マキくらいしかいなかった。女性ヴォーカルという大きなカテゴリーから俯瞰すると、かろうじてジャズ ヴォーカリストとして独自の美学を貫いていた浅川マキ、ロックやパンクに通底する特異な世界観を持っていたシンガーソングライター達~森田童子、山崎ハコ、中山ラビ、佐井好子、スタンス自体がアウトサイダーそのものであった美輪明宏といった名前が挙げられるだろうか…

ヒット曲ランキングから見てみると、ピンクレディーが 「 UFO 」 の1位を筆頭に実に 4 曲をトップテンに送り込んでおり、以下、堀内孝雄 「 君のひとみは 10000 ボルト 」 キャンディーズ 「 微笑がえし 」 平尾昌晃・畑中葉子 「 カナダからの手紙 」 サーカス 「 Mr. サマータイム 」 矢沢永吉 「 時間よ止まれ 」 中島みゆき 「 わかれうた 」 が続く。さらに印象的なところを挙げると世良公則&ツイスト 「 銃爪 」 山口百恵 「 プレイバック Part 2 」 アリス 「 冬の稲妻 」 沢田研二 「 サムライ 」 等々がチャートに並ぶ。
一方、海外では、かのセックス ピストルズが1月に空中分解、すでにパンク ムーヴメントはその役割を終え、ニュー ウェーヴ・オルタナティヴやレゲエへとバトンを渡しつつあった時期である。

◎ SHEENA & THE ROKKETS
   鮎川誠 & シーナ ロケット→シーナ & ザ ロケッツ→シーナ & ロケッツ

1978 年:鮎川誠 & シーナ ロケットの名義でシングル 「 涙のハイウェイ 」 をリリース、デビューを飾る。翌1979年、アルバム 『 真空パック 』 を発表。シングル 「 ユー メイ ドリーム 」 ( 作詞 : 柴山俊之 作曲 : 鮎川誠、細野晴臣 ) が JAL の “ マイ ハート キャンペーン ” の CFに起用され、一躍、脚光を浴びる。国内外を含めて、これまでに通算 35 枚のアルバム 16枚のシングルを発表

1988 年:ニューヨークの CBGB でライヴ デビュー。ジョン・レノン&オノ ヨーコの専属写真家 BOB GRUEN の写真集で “ 日本の最高峰 パンクバンド ” として紹介される。国内・海外の様々なアーティスト 特にウィルコ・ジョンソンとの交流が深い。

代表曲:「 レモンティー 」 「 ユー メイ ドリーム 」 「 ピンナップ ベイビー ブルース 」 「 ハッピーハウス 」 「 レイジー クレイジー ブルース 」 「 ロックの好きなベイビー抱いて 」 「 ビールスカプセル 」 「 I’M FLASH ( ほら吹きイナズマ ) 」 

バンド名:“ シーナ ” という名は、鮎川誠の祖母の名前 “ 鮎川シナ ”、2人が好きなバンド ラモーンズの 「 シーナはパンクロッカー 」 という曲のタイトルに由来する。シーナの本名 “ 悦子 ” から “ ロック + エツコ = ロケッツ ” となり、さらにロケッツだけでは軽いということと、昔風に “ ●● & ロケッツ ” にしたい という鮎川のアイディアによる。綴りを “ ROCKETS ” ではなく “ ROKKETS ” とするのも鮎川流のセンスとのこと。


不明なことに、鮎川誠のライヴはサンハウスの再結成などで、何度か見ていたのだが、いわし亭は肝心のシーナ & ロケッツを見たことがなかった。
今回、シーナの訃報を受けて、東京と福岡で追悼ライヴが開催されたが、2015 年 6 月 9 日 正にロックの日! に名古屋 CLUB ZION でヘイトフル エアヘッド クロージング発足記念 ライヴ ショウと銘打ち、関西圏で、シーナの急逝以降初のライヴが企画された。前座は何とこのブログでもおなじみのキノコホテル。当日は入場者全員に主宰者 HATEFULL 謹製 シーナ追悼メモリアル T シャツがプレゼントされた。

16:30

会社を 4 時半に出て、新幹線に乗ると最短で 6 時 41 分に地下鉄 上前津駅に到着する。そのまま 4 番出口を上がると地下に CLUB ZION ( クラブ ザイオン ) のある GION ビルのちょうど前に出る。
CLUB ZION は 150 人も入ればいっぱいになってしまうそれほど大きなライヴハウスではないのだが、GION ビル自体にレコードショップ、アパレルショップ、タトゥースタジオ、カフェ、ミュージックバー、サウンドプロデュース、等が入っていていて、ビル全体でアーティスト サポートを行っているユニークな場所である。

19:00

CLUB ZION に入るとすぐ左手にバーカウンターがあり、そこから続く壁にシーナの写真 ( 右→ ) を引き伸ばした大きなタペストリー ( ? ) がつるされていて、まるで彼女がステージを見守っているかのような風情が醸し出されている。
この日は特別 DJ も待機していて、面白い曲をセレクトするので、“ 次は何がかかるんだろう? ” と待ち時間も苦にならずに過ごせた。もちろん、
ラモーンズの 「 シーナはパンクロッカー 」 も流れていた。

19:30
キノコホテルの面々はいつも通り、ケメ ファービー JKと登場し、インストゥルメンタルの演奏でマリアンヌ支配人の登場を待つ。ステージが狭い分、メンバー全員を一目で視野におさめることが出来るというのは、それはそれでとても効率が良くて助かる。キーボードのある分、キノコホテルのステージ上は煩雑で混乱しており、ステージの狭さも手伝って足の踏み場もない感じだが、支配人はひらりひらりと軽やかに舞い、小道具の鞭を振り回して歌い、時には大股びらきでエレキ ギターをバリバリ弾いて、ノイズを出す。いつも通り、キーボードの上にも乗っかってシナを作る。
今回は OA ( オープニングアクト ) なので、小一時間程度の内容。イギリス公演から帰国して 2 週間くらいだが、最近の実演会をコンパクトにまとめたものになっている。ただ、短時間でもキノコホテルとしてのプロモーションは必要で、メンバー紹介を兼ねた終盤恒例の楽曲も当然、演奏される。
本来、シーナ & ロケッツとキノコホテルでは客層が相容れないことはなはだしいが、
支配人やケメのレジェンドに対するリスペクトはかなりなもので、今回は OA のためだけに名古屋まで来たのではないか。というのも、日程的にこの近辺での実演会が確認できないのだ。特にケメはかなりこの OA を楽しみにしていたことが伺われる。翌日 “ 愛用Tシャツにサインいただきました ” とツイートしている。 

keme ‏@reverbfuzz  6月10日
愛用Tシャツにサインいただきました。
シナロケ最高!涙でました
いつもよりステージに近い関係で、ケメが前に出てギターを弾いてくれると本当に近い。それはそれでかなり嬉しい。いつもステージ最後方にいるファービーも近い。彼女のドラムも恐ろしく上達したと思う。バックコーラスに加えて、最近は曲を間断なく演奏する関係で、司令塔としてのリズムセクションは、ことのほか重要になって来ているのだが、その意味でも、ファービーと JK の連携は素晴らしい。ファービーの場合、キノコホテル自体が歌謡曲ベースでストレートなドラムに徹している分、変拍子などはそもそも必要ないが、JKとリズム セクションを構成している関係上、スピードやテンポ、手数などで、実はかなりなものを要求されている。

何にしても、近いというのはライヴハウスの醍醐味でもあり、その意味では、音や演奏や表情などもダイレクトに伝わる感じが良い。特にケメ ファンのいわし亭は、ステージに対して右側に立つことが多く、いつもほとんど視界に入ってこない JK をしっかり見れたのが良かった。JK の笑顔はまさに天然の笑顔で、演奏が楽しくて仕方がない感じがまるで童女のようである。しかし、音はガリガリと物凄く、それほど激しく演奏している風には見えないのだが、音数が半端なくて、その運指のスピードやいかに! と思われるのである。ギターの様にコードのない関係で、ケメがコードを引きながらリズムギターに徹してバッキングをしている時など、明らかにベースのメロディの方が立っている。

楽曲によって、両サイドの JK とケメがシンクロしながら、体を左右に振ったり、ぴょんと飛びながら体の向きを変える草創期から継承されてきたステージアクションが、今も割愛されることなく披露されているのも嬉しい。この動きとともにキノコホテルのライヴが終わっていく。このエンディングを見る度に、また次も見に来ようという気持ちが起こるのだ。

支配人自身、“ 何のことやらワケが分からんと思われている方もたくさんいらっしゃることでしょう ” と MC で話していた通り、キノコホテル目当てで集まったリスナーは少なかったと思うが、それでも OA として十分に会場を温め、いい仕事をしたと思う。

21:00
キノコホテルが下がって約 20 分後、もう時間的には 21 時が近いが、ついについに
シーナ & ロケッツ登場。

もちろん、シーナが2月に亡くなっているので、ドラム ベース ギターのトリオ編成である。あえて OA にキノコホテルを起用したのは、女性ヴォーカルとして支配人かケメを使う気なのか? とも思ったが、考えたらシーナの代わりは誰も出来ないのであって、そんなことをしたら逆にファンが怒るだろうし、キノコの彼女たちも畏れ多くて辞退するだろう。
“ シーナは三人のここにおる。でも見とるだけやから、みんな助けてな ” と自分の胸を指しながら朴訥に語る鮎川誠という人は、何て素晴らしい人なのだろうと思う。その感覚は正にファンと同じで、決してアーティストぶったり、上から目線でモノを言うことがない。
キノコホテルに引き続き、かなりの至近距離で鮎川誠、その名手のスケールワークをじっくり堪能できたのは、正に至福の時間
だった。この人、思っていたよりもかなり大きな人で、従って手のひらも凄く大きくて、これでガキッ と押さえられたコードはやっぱ説得力満点なのだ。日本人と外人のギタリストの最大の違いは手のひらの大きさだ と熱心に語ってくれた友人のギタリストがいたが、なるほどその通りで、鮎川誠の左手は安定感も群を抜いているのだ。

それにしてもここのところ、名手と呼ばれる人々の演奏を立て続けに目の当たりにしているが、きれいな状態のギターを見たことがない。どのギターも使い込まれてかなりくたびれており、何度も同じところをストロークされたであろうその場所は、塗装も完全に剥げて、ボディの素材そのものがむき出しになっている。角のところどころは欠けたり、剥げたり、埃がたまっていたりで、決して大事に扱われているとは思えない風情なのだが、そのくせ、セカンドギターは結局、トラブル対応用でしかなく、事実上、ほとんど利用されないもので、このくたびれたギターがやはりメインで弾き倒されるのである ( 笑 )  今、目の前での草臥れているけれども実に味のあるストラトキャスターを構える姿こそ鮎川誠その人である。オリジナルのヴィンテージ レスポールも一曲だけ登場させたが、やはり借りて来た感が否めなかった。名匠の作った風格を漂わせる実に美しいギターではあったが、正にワンポイント起用で実際、骨董品の様な扱いを受けている。やはり、メインはあのくたびれたギターなのだ(笑) 

堅実な演奏を聴かせるリズムセクションは見事なまでに黒子に徹していて、二人の名手は素晴らしい演奏を展開しているにもかかわらず、決して前に出ようとはしない。彼らが完全にバックに徹している関係で、かつてシーナが立っていた場所、鮎川誠とベースの奈良敏博の間、ドラムの川嶋一秀の前の大きく開いたスペースが存在感を発揮している。確かにここにシーナはいて、タンバリンを叩いたり、腰を大きく動かしたりして踊っている。
いうまでもなく、シーナ & ロケッツは、日本の紅一点バンドの草分け的存在なので 「 ユー メイ ドリーム 」 の様な代表曲は、鮎川誠が歌うにはキーが全然違うわけだが、フロアのファンが一緒に大合唱してそれを補うと、まるでそこでシーナが熱唱しているかのようにライヴは加速していく。
シーナが旅立ってまだ4カ月しか経っていない。だから、今年いっぱいくらいは、まだこんな手触りのライヴが続くのだろう と思うけれども、それに関してはファンも鮎川誠自身もあれこれ考えるより、その時々の自然な感情に任せて、楽しむのが一番なのではないか という気がする。

若い世代の大人の世の中に対する不平不満の表明として機能したロックにとって、ベテランやオールドネームとどのように折り合いをつけるのか という問題はなかなかに厄介だ。とはいえ、、本稿の鮎川誠をはじめ、ここのところ還暦を迎える~例えば PANTA、遠藤ミチロウ、遠藤賢司、友川カズキ、早川義夫、灰野敬二、JOJO広重、仲井戸麗市、泉谷しげるといったビッグネームがずらり並んだ感じはやはりモノ凄いし、ある種の感慨がある。だからこそ、女性ロッカーのシンボルとして、シーナには君臨し続けて欲しかった。

主催者からプレゼントされた記念Tシャツ
そして、実は還暦とはいえ、昨今、60 歳というのは、昔思っていたほど老人のイメージが付き纏わないものになっている。実は 60 歳とは、潤沢な経験値とまだまだ十分に残っている体力が絶妙のブレンドを施され、今迄、若いロッカーが勢いに任せた単なるエネルギーの無駄遣いで突貫工事のように演奏してきたロックを最小限の力と高いスキルによって再現する というマジックをたくさん見せてもらえるのではないか という淡い期待を抱かせる。実際、例えば、ジェフ・ベックなど、どう聴いても今の演奏の方がスピード アップしている観があるのだ。
あるいは年齢を重ねて、人間が熟成していくことで初めて味わい深い演奏にたどりつくブルースの様な音楽もある。日本のロックもやっとそうした老い ≒ 刹那 つまりはブルーズを体現するミュージシャンを擁するジャンルにたどり着いたのであり、これからの彼らの活躍が楽しみになる。

主宰者から配られたTシャツの出来もなかなかだったが、カラーが白でサイズも M しかなかったので、ライヴ中メンバーが着ていた黒ベースのシーナのTシャツも購入することにした。カウンターでビールを注文して、やっと汗だくの状況から解放されると、大急ぎでライヴハウスの外に出た。驚いたことに物販に鮎川誠その人がいる。思わず握手をしてもらい、最後のアルバムにサインをもらった。それにしても何とも気さくな人で、ファンと一緒にツーショットを撮っていたりもして、その場にいたファン全員が奇妙な興奮状態を共にしたのだった。


※ シーナ&ロケッツの公式サイトには、『 SHEENA FOREVER 』 のリンクがはられ、夫 鮎川誠の言葉はもちろん、葬儀の様子や悼辞などが掲載されている。




『 YOU MAY DREAM ユー メイ ドリーム ― ロックで輝きつづけるシーナの流儀』 
ミュージシャンの赤裸々な告白録としては、かなり興味深い。日本のロックの黎明期に運命的な出会いをした二人のドラマが、著者シーナだけでなく、鮎川誠のワンポイント コメントとしても綴られていて、その対比だけでも面白く読める。
当時、次々と侵攻して来た欧米のポピュラー ミュージックに対し、それを真正面から浴びたリスナーやミュージシャンがどのような態度をとったのか? 黎明期の日本のロックがどのように始まり、またどのように進化していったのか。
当事者だからこそ語れるレアな証言集としても非常に貴重な一冊である。






祝 35 周年! 6年 3 ヶ月ぶりとなる待望のオリジナルアルバム
『ROKKET RIDE 』 ( CD + DVD 限定版 )

 1. ROKKET RIDE
 2. Ride the Lightning
 3. 太陽のバカンス
 4. Baby Love
 5. ROCK FOX
 6. 電撃BOP
 7. Madness City
 8. I’m So Glad
 9. 夢にしか出てこない街
10. 素敵な仲間
11. 風を味方に
12. ロックンロールの夜




< おまけ 名古屋メシ!>

ライヴの後、22時過ぎ、いつもの元祖名古屋名物 台湾ラーメンの中国台湾料理店 “ 味仙 ” に台湾ラーメンを食べに行く。あまりの辛さにまさに口呼吸状態で、それでも一心不乱に食べている様子は、第三者から見れば正にバカ以外の何ものでもなく、とんでもない感じだろう。前回は、昼間の14時ごろに食べたのだが、その時と比べても辛さが増していて、味仙の台湾ラーメンは、深夜に向かう程、辛くなっていく様に感じた。







2015年7月10日金曜日

連載 キノコノトリコ~キノコホテル物語 【 緊急レポート 】


 「 ノイジー・ベイビー 」 カヴァー騒動 顛末記 ~ 歌は誰のものなのか ?


キノコホテルが ( 先代ベーシストのエマニュエル小湊 時代から ) 実演会で繰り返し演奏し、『  マリアンヌの逆襲 』 ( ’13 年 ) にも収録されていた 「 ノイジー・ベイビー 」 に対して、オリジナルの歌唱者であるカルメン・マキがツイートしたクレームを発端に、カヴァーをめぐる議論がネット上の話題となった。
いずれも、コアなファンを多数抱えるだけに、お互いの擁護派が感情論を戦わせる展開となる一方、日本の音楽業界における表現の自由と著作権との関係を論じるに当たって、識者達へ格好の材料を提供した形となったのだ。
いわし亭はもちろん、マリアンヌ東雲のファンであるが、本稿での記述は出来るだけ公平を期するよう努めたいとは思う。ま、頻繁に脱線するかもしれないが… ( 苦笑 )

発端はカルメン・マキの以下のツイートである。

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カルメン・マキ @carmen__maki  6月7日 17:20
現場の下見に行ったライブハウスで、出演していた女子バンド(かなり有名らしいが名前は伏せます)が、帰り間際になっていきなり 「 ノイジーベイビー 」 を演奏したのには驚きでした。全然売れなかった、多分当時にしては奇異な作品を、よく知ってるなぁ、しかもカバーするとは!^^

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違和感を受ける方の方が多いと思う。このツイートから受けるカルメン・マキの印象は、明らかに嬉しそうではないか。また、演奏のレベルに関する不快感などもなさそうだ。なにしろニコニコマーク ^^ が入っているのだから。ところが、その後、カルメン・マキは 「 ノイジー・ベイビー 」 をキノコホテルのオリジナルだと勘違いしているファンが大勢いることを知って態度を硬化させていく。

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昭和元禄 アングラポップ ‏@BlackXjs  6月7日 20:08
@carmen__maki 多分、あのバンドの事でしょうね…
この曲はCDで復刻されるだいぶ前から仲間うちで話題になってましたし、何度もDJで使わせていただいた事も…

 hatefull felix ‏@FelixHatefull 6月7日 22:51:35
@BlackXjs @carmen__maki そ、それはまさにキ、キノコホテルでは… と言いますかキノコホテルの曲だと思っていた私は 「 きのう酒場で見た女 」 が一番好きです( ´∀`)

カルメン・マキ @carmen__maki 6月8日 01:01
@bearschoice64 日本の音楽シーンというのは余程のメジャーで活躍を続けている人でない限り古い人を大事にしませんよね。私の曲をキノコホテルやパンタの曲だと思っている人もいてショックでした。( 麻生 *いわし注 ) レミさんも含め一音楽家の歴史を正しく伝えない

カルメン・マキ @carmen__maki 6月8日 01:08
@bearschoice64 これは他の事でもそうで日本人の国民性というのでしょうか、すぐに忘れる、新しいものにすぐに飛びつく。良い意味での 「 伝統 」 や 「 歴史 」 が受け継がれていかない。マスコミが元凶です。私だけでない、表現を生業にする者にとっても、はがゆい思いです。

カルメン・マキ @carmen__maki 6月8日 01:15
@FelixHatefull @BlackXjs ありがとうございます。ふつう音楽家同士、又は事務所経由でそういうやり取りがあるものですが、そういう話はきいてませんでした。

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キノコホテル 『 マリアンヌの逆襲 』

1.エレキでスイム
 ( 作曲:ブラボー小松 )
2.ノイジー・ベイビー
 ( 作詞・作曲:クニ河内 )
3.今夜はとってもいけない娘
 ( 作詞:山川啓介 作曲:いずみたく )
4.かえせ! 太陽を
 ( 作詞:坂野義光 作曲:眞鍋理一郎 )
5.すべて売り物
 ( 作詞: Phew 作曲:aunt sally )
6. 悪魔巣取金愚
 ( 作詞・作曲:髙橋 照幸 )

※ イギー & ザ・ストゥージズの不朽の名盤 『 淫力魔人 』 のジャケットにオマージュを捧げた12インチアナログ盤。このレコードは限定盤で、さすがに現在は入手困難


マリアンヌ東雲は、’13年5月の 『 マリアンヌの逆襲 』 のリリースに伴うインタビューの中で、件の 「 ノイジー・ベイビー 」 についてリスペクトを込め、かなり謙虚に、とは言え自身の自負も含めて紹介している。

1 JUNGLE ★ LIFE VOL.185 ( ’13 年 5 月 1 日 )
※ 全国に 15 万部 ( 集英社 『 MORE 』 、講談社 『 with 』、小学館 『 CanCam 』 が約40万部、光文社 『 JJ 』 が約 20 万部なので、15万部はそれほど少ない数字ではないと思われる ) を流通させている日本最大級のミュージックフリーマガジン
── 「ノイジー・ベイビー 」 は、カルメン・マキさんが CBS / ソニー時代に発表したシングルの中で最も売れなかったという… 

当時は全然売れなかったみたいですけど、なかなか沁みる曲なんです。だからこの機会にみなさんに知ってもらいたいと思って収録したというのはあります。これは過去に何度もステージでやっていて、お客さんからも評判の良い曲です。たまに オリジナル? って訊かれるんですけど、私こんな曲書けない ( 笑 )  クニさん ( 作曲者のクニ河内 ) の才能をつくづく感じる曲です

── 本当は良い曲なのにあまり知られていない曲をカバーすることで、原曲の再評価にもつながる。

「 なぜみんなが知らない曲をカバーするんですか? 」 って訊かれるけど、その辺のカバー集と同じものを作ってもつまんないから。誰もが知っている曲の焼き直しみたいなカバーなんて誰にでもやれるし、みんなやっているでしょう。そういうカバーとは別のものとして捉えてほしい。カバーではありますが、限りなくオリジナルに近いところに位置していると思います。

── 知らない人が聴いたら、オリジナルと思いますよね。

そうなんじゃない? 今時の高校生や若い方が聴いたら、カバーかどうかすらわからないはずよ。原曲はもっと淡々としていてそれはそれで良いと思います。でも何となく違う料理法で食べてみたい… そんな感じに近いのではないでしょうか。きっと。

2 音楽ナタリーのインタビュー ( ’13 年 4 月 )

── 2曲目の 「 ノイジー・ベイビー 」 はカルメン・マキさんの1970年のシングルですね。キノコとしては王道のチョイスというか、強化したリズム隊で得意路線をさらに突き進めたような印象です。

そう。よりエモーショナルで凶暴になってる。ものすごくいい曲なので、この世界観をキノコなりに、もっと立体的にしたかったの。

── ある意味以前からカバーしていて不思議ではないこの曲で、今だからこその成果はありましたか?

私の歌唱法なども含めて、元がどの時代の音楽なんだかわからないような、以前だったらできなかったアグレッシブな解釈ができたと思う。『 マリアンヌの休日 』 の頃は、それなりに調理したとはいえ、まだ “ ああ、歌謡曲ね ” って言われるような範疇だったと思うの。でも今は選曲の目線そのものが違う。「 ノイジー・ベイビー 」 は年代だけ言うと昭和歌謡の範疇かもしれないけど、2013 年 に作られた曲だと言っても信じられそうなメロディとメッセージを持っている曲だから、ちゃんと今の音楽として通用するものにしたかったの。その違いは大きいわね。資料を見ると、マキさんの中では売れなかったほうだそうなんですよ、この曲。でも普遍的なメッセージを持ったいい曲なので、ぜひ知っていただきたいなという気持ちで選びました。


そして問題のツイートである。
ただ、ネット上で喧しく繰り広げられているツイート合戦を見ると、この問題のスタート時点における一番重要な点が抑えられていないものがあまりに多い。それはカルメン・マキの以下のツィートを前提にしているということで、ここがきちんと押させられていないと、議論は相当違った方向に行ってしまう。つまり、キノコホテル側は事前に了解を得ていたのか ? どうか ? 得ていたのであれば、それは何時なのか ?  以下は 6 月 8 日の明け方、午前 1 時頃から 4 時頃まで行われたツイッターによる会話である。

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カルメン・マキ @carmen__maki 6月8日 01:45
音楽家が他人の曲をカバーする時には普通、相手の了解を得るものです。外国曲や面識のない相手なら所属事務所や組織、個人マネージャー、親しい者同士でも相手の承諾を得るのがルールです。
人によってはカバーされるのを嫌がる場合もある。例えば私はもう一人のマキさんの歌を数曲カバーしてますがあの方はそのタイプで幸いにもデビュー当時からの知り合いで時々お宅に遊びに行ったりして可愛がってもらっていたので 「 マキならいいわよ 」 と許してもらったのです

SAMMY MAEDA @voltagerecord
@carmen__maki いきなり失礼します。キノコホテル 「 ノイジー ベイビー 」 の制作をした前田と申します。以前ラ・ママにて巻上さんの紹介でキノコの MS と共にご挨拶させていただきました。その際、今度カバーさせていただきます… とお話したのを覚えていらっしゃいますでしょうか?

→ この時か? ’13 年 4 月 12 日 ( 金 ) 道玄坂異種格闘技戦 vol.49 にヒカシュー登場
渋谷でこんな戦いがはじろうとしている。ヒカシュー とおとぎ話と KUDANZ そしておおたえみり
@ 渋谷ラママ OPEN / START 18:30 / 19:00 ADV / DOOR ¥2500 + D / ¥3000 + D

SAMMY MAEDA @voltagerecord
@carmen__maki その時のマキさんの反応はちょっと驚かれたような感じだと記憶しています。作家のクニ河内さんには個人的に親しくさせていただいているので、もちろん事前に許諾もいただいております。

カルメン・マキ @carmen__maki
@voltagerecord 思い出しました。ライブの現場で初めてお会いして、いきなり「カバーさせていただきます」と言われて困惑したのを。そういう事は今までなかったので。つまり事前にも、その後も、正式なお話は受けていません。それに 「 させていただきます 」 というのは事後承諾ですか?

カルメン・マキ @carmen__maki
@voltagerecord また、某ライブハウスで偶然観たバンドがキノコホテルで、そこに MS さんがいるというのも知りませんでした ( ヒカシューのライブ時に聞いたかもしれませんが状況的によく覚えていません ) 制作担当ということですが、あれは音源化されているのでしょうか?

SAMMY MAEDA @voltagerecord 6月8日
@carmen__maki  2013 年にヤマハミュージックコミュニケーションからリリースされたミニアルバムに収録されております。音楽出版社への許諾はヤマハの担当が行いました。

カルメン・マキ @carmen__maki 6月8日
@voltagerecord 今、たまたまフォロワーさんからのリプで音源化されているのを初めて知りました。つまりこちらには何の連絡もなく音源自体も送られてきていないということです。OZの曲など含め私の作品をカバーされているアーティストはかなりいますがこのような事は初めてです。

SAMMY MAEDA @voltagerecord 6月8日 04:08
@carmen__maki 音楽出版社、著作権者の許諾をいただき、オリジナル歌唱者の方にもきちんと見本盤などを差上げていないのでは、CD を発売した会社および事務所側のミスであり、明らかに失礼があったと思います。SNS ではなく、別のルートで改めて連絡させていただきます。

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カルメン・マキ @carmen__maki 6月11日 15:00
頓珍漢なリプも含め誤解されている方が多いようなので最後に… 元はといえば 「 手続き上 」 の問題ですよ。プロらしからぬ対応の杜撰さ。ミスは相手の担当者も認めていますしね。普通にこの業界上のルールを守っていれば何も起こらず双方のファンにも余計な心配・迷惑をかけることもなかったのです

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カルメン・マキが当初問題にしている、“ 相手の了解を得る ” というルールを制作担当のサミー前田 ( ボルテイジレコード 音楽プロデューサー ) と MS ( つまりマリアンヌ東雲 ) は、一応は守っているのである。この時のマリアンヌ東雲が、伝説の大物歌手を前にして、結構、しおらしくしていたんだろうなぁ と想像するのは何となく楽しい。さらに、“ 何の連絡もなく音源自体も送られてきていない ” というカルメン・マキの指摘に対してサミー前田は、謝罪を行い、速やかに対応をとる ということを述べている。これはなかなかな大人の対応だと思うのだが…
ただ、カルメン・マキにとって、“ 相手の了解を得る ” 手続きが、彼女の期待するレベルに達していなかったため、その事実はなかったことになっている。6 月 7 日の一番最初のツイートを見る限り、カルメン・マキは渋谷ラ・ママでサミー前田とマリアンヌ東雲に会ったことを明らかに忘れているのだ。おそらく、マリアンヌ東雲はカルメン・マキとは素顔で会ったのではあるまいか ( 笑 ) とすれば、ステージを見ても、挨拶を交わしたのと同一人物であることに思い当たらなかったことは十分ありうる。だからこそ、サミー前田との会話の中で “ 思い出しました ” と綴っているのである。ま、2年以上も前の出来事だし、リリース後、音源の提供がなかったのだから、当然と言えば、当然か。
さらに、カヴァーに関してカルメン・マキが期待する手続きのレベルも明記されている。“ つまり事前にも、その後も、正式なお話は受けていません。それに 「 させていただきます 」 というのは事後承諾ですか? ” ということである。カルメン・マキの言い分に拠れば、“ 相手の了解を得る ” には、1 事前のご挨拶 ~ ご相談ごとの提示 2 正式なお話 ~ 承諾を得る 3 作成した音源の提供 と最低でも 3 回の手続きが必要ということになる。
また、それ以外にも浅川マキのカヴァーをする際のエピソードとして “ デビュー当時からの知り合いで時々お宅に遊びに行ったりして可愛がってもらっていた ” ということを明かしている。“ カバーされるのを嫌がる場合 ” は、親交を深めて、カヴァーする相手に認めてもらうということも、時には必要であると説いているのだ。
この最初の時点でのボタンの掛け違いが修復することは結局、なく、感情論のレベルも含んで未だにツイッター上ではくすぶり続けているが、本来ならば、’15 年 6 月 11 日 15:00 のカルメン・マキのツイートこそが答えであり、ここで決着を見て然るべきなのだ。

ただ、この時系列の検証をしていて一つ引っ掛かったのは、この 「 ノイジー・ベイビー 」 が先代ベーシスト エマニュエル小湊が在籍したころから演奏されており、キノコホテルのレパートリーとしてはけっこう古い部類に入る ということである。これは想像のレベルでしかないが、「 ノイジー・ベイビー 」 を実演会でのレパートリーにするにあたって、キノコホテル側からカルメン・マキ側への事前の打診はなかったように思える。ここで、サミー前田がツイートしているのは、おそらく 『 マリアンヌの逆襲 』 の制作直前に交わされた挨拶に関するものだ。「 ノイジー・ベイビー 」 はそれ以前から実演会で演奏されてきた経緯があり、とすれば、カルメン・マキの “ それに 「 させていただきます 」 というのは事後承諾ですか? ” という指摘は、正にその通りと言うことになる。


まず、驚かされるのは、’51 年 5 月 18 日生まれ、御年 64 歳のカルメン・マキがツイッターを駆使して、反論する様々な相手に対し、非常に饒舌に語っていることだ。そこには、彼女がこれまで感じて来た音楽業界、同業者やファンに対する憤りのようなものも散見され、単にカヴァー問題だけにとどまらない根の深さを呈している観があった。ここで全てをフォローするのはとても無理なので、ネットをググって確認してみて欲しい。しかも、約一カ月後の 7 月 1 日時点、そろそろ沈静化したかな? と思って、ツイートを追いかけてみたら、未だに論争が続いていた。

一方、マリアンヌ東雲の発言は逆に驚くほど少ない。ツイッターにつきものの煽りやエアリプライにもいっさい付き合わず、言いたいことだけをツイートしてさっさと舞台を降りてしまった。マリアンヌ東雲はもともと、熱心なツイッター利用者ではなかったが、それにしてもこの件に関するツィートは以下、実に 6 件だけである。しかも、そのうち 4 件は 6 月 11 日に一気に行われている。

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マリアンヌ東雲 ‏@marianne_sama 6月10日 03:20
キノコホテルがここ数年カヴァーさせて頂いて居た某楽曲ですが、音源化する際に著作者の方はご快諾下さり、寧ろ若い世代が演ってくれるとは、と感謝のお言葉を頂きました。しかし歌い手の方が何やら今更騒いでらっしゃる模様なので、もう二度と演らないと決めました。面倒臭いから。

マリアンヌ東雲 @marianne_sama 6月11日 00:15
頑固だったり偏屈だったりする様がクールに映るのは、正直若い時だけだと思う。移ろう時代の中でワタクシはしなやかに可愛らしく歳を重ねて行きたい。

マリアンヌ東雲 @marianne_sama 6月11日 06:03
何処のプロダクションにも所属せず、ごく少数のスタッフと無い知恵絞りながら凡ゆる事を自分で決めねばならない。正直音楽より頭を使うし難しい。周りは何も知らずに好き勝手言う。ヤサグレれたい時もあるわ。性格なんか悪くて結構。キノコホテルは、ぬくぬくと守られて居るようなバンドとは訳が違う。

マリアンヌ東雲 @marianne_sama 6月11日 06:03
ま、そろそろ曲を書けと云うお告げでしょうね。

マリアンヌ東雲 @marianne_sama 6月11日 06:13
次作をリリースする際には、吉田豪氏のインタビューを受けてみたいわ。インタビュー嫌いだけどね。
→ ’15 / 6 / 23 『 モーニング CROSS 』 : TOKYO MX 放送のニュース番組
吉田豪 : で、僕ちなみにその騒動を最初から見ていて、Twitter でずっとリツイートしてたんですよ。両方の言い分を。その結果、気がついたら 『 なにやら吉田某という人が裏で本件を扇動しているようですね 』 とカルメン・マキさんが突然言い出して。
堀潤 : あ、マキさんが、吉田さんがこう、黒幕なんだと。
吉田豪 : 両方をただリツイートしてただけで、僕一切コメントしてなかったんですけど。『 昔はこういう人のことを芸能ゴロと言いました 』 と ( 笑 ) 芸能ゴロ認定が入ったという ( 笑 )

マリアンヌ東雲 @marianne_sama 6月14日 00:55
野次馬ども、ワタクシはもう何も言うつもりないわ。貴方がたがこの週末にモヤモヤしながら何か考えてくれたのならばそれで充分。

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カルメン・マキ ‏@carmen__maki 6月10日 17:13~

某ミュージシャンが私の歌った某曲をカバーし音源化もされていた件について。ミュージシャンには常識知らずの自己陶酔型が多いのでいたしかたないとしても問題はスタッフの対応でしょう。
45年間の私の音楽生活の中で OZ ひとつ取ってみても、寺田恵子、ビーズ、中森明菜、デーモン小暮、世良公則 ( 敬省略 ) と多くのアーティストにカバーされていますが、必ず事前に承諾を求められ商品化された物は送られてくるのが常識というもので今回のようにライブ当日にいきなり事後承諾、その後も何の連絡もなく音源化されたものも送られてこないというのは前代未聞です。
その御本人のコメントの最後に 「 面倒くさいのでもうあの曲はやらない 」 とあるのでも解るように、つまり、仮に相手が私ではなかったとしても、先人に対するリスペクトや楽曲の良さ、は重要ではなかったのだと解釈されます。彼女の45年後が観たいです。頑張って下さい

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サミー前田とともに挨拶に行ったことで、いわゆる業界のルールについてはクリアしているとの認識がマリアンヌ東雲にはあり、“ 音源化する際に著作者の方はご快諾下さり、寧ろ若い世代が演ってくれるとは、と感謝のお言葉を頂きました。しかし歌い手の方が何やら今更騒いでらっしゃる模様 ” というやや逆ギレ気味の礼儀を欠いた発言になっている。
著作者の方とはもちろん、クニ河内であり、前出の 『 マリアンヌの逆襲 』 リリースの際のインタヴューを見ても、マリアンヌ東雲の説明はクニ河内に比重が置かれている。あくまでも、「 ノイジー・ベイビー 」 という曲ありき ということが分かる。しかし、実はこの問題によって最も不利益を被っているのは、本来権利を主張すべき作詞・作曲者のクニ河内であり、彼はキノコホテルが演奏する毎に発生したはずの印税を受け取れなくなってしまった。これは結構、由々しき問題だと思うのだが、意外に指摘が少ない。
ヒット曲かどうかにかかわらず、JASRAC ( 日本音楽著作権協会 )に支払う使用料は機械的に算出されるから、カヴァーなんて本来、誰でも知っているヒット曲を中心にする方が断然、効率がいい。では、なぜカルメン・マキが CBS / ソニー時代に発表したシングルの中で最も売れなかったといういわくつきの曲を選ぶのか? と言えば、前出の JUNGLE ★ LIFE のインタヴューにもある様に、楽曲に対するリスペクトと実演家としての矜持があるから としか答えようがない。むしろ、その意味で、マリアンヌ東雲には歌唱者のカルメン・マキに対してそれほどの思い入れはなかった というのは案外、本音の部分だったのかもしれない。
従ってカルメン・マキの友人 津原泰水 ( 執筆家 音楽や楽器への造詣が深い ) の “ マキさん依存の話題づくりでは…? ” というツイートは完全に的外れである。もし、カルメン・マキの名前に便乗するつもりであれば、当然ヒット曲の 「 私は風 」 をカヴァーするべきなのだ。
例えば、J-POP の名カヴァーで第 55 回 日本レコード大賞 「 企画賞 」 ならびに第 28 回 日本ゴールドディスク大賞 “ ニュー アーティスト オブ ザ イヤー ” を受賞したクリス・ハート。彼はカヴァー曲を中心に構成された 『 Heart Song 』 と題するアルバムをすでに 3 枚も上梓しているが、彼が今回のような煩わしい問題に巻き込まれたと聞いたことはついぞない。JASRAC の規程に従って、極めてビジネスライクに、コトを進めているのだろうと思う。JASRAC の様な第三者が楽曲の管理に携わっているのは、ビジネスの客観性を担保するためである。こうした手続きの普及があって初めて、音楽もまたきちんとしたお仕事として認知される様になっていくのであり、ここが健全に処理されないのであれば、JASRAC の存在意義など無きに等しい。“ 仁義 ” とか “ 筋を通す ” といった主観的な事柄が要件になっている前近代的な状況を払しょくするためにも、JASRAC の仕組みが考えられたのだ。それが気に入らないのであれば、そもそも楽曲を信託しなければよいのである。
いずれにしても、“ 面倒臭いから ” というツイートで一連の騒動に落とし前を付けたマリアンヌ東雲は、以降、いかなる罵詈雑言も柳に風と受け流すつもりのようで、この潔さは逆に天晴れだろう。
乱暴にまとめてしまえば、カルメン・マキが歌っていたことすら知られていないシングル盤 「 ノイジー・ベイビー 」 を自分が好きだ という理由だけで、奇特にも発掘し、カヴァーしてみせたにもかかわらず、器の小さい大物歌手に恩をあだで返すような言いがかりをつけられて、相当、うんざりしていたのだろう。マリアンヌ東雲本人に関しては基本、この対応でノー問題である。大物先輩ミュージシャンに対して、この態度はいかにもパンクであり、彼女は自身のキャラクター的にもブレていない。これはまるで、ジョニー・ロットンがピート・タウンゼントに 「 Who Are You? 」 と尋ねた という痛快なエピソードを思い出させる。
実演会で頻繁に演奏しているレパートリーを封印するというのはミュージシャンにとって断腸の思いであるのは当然で、それをマリアンヌ東雲らしい啖呵とともに、エイヤッ!! でやってしまったのは彼女の性格上、やむを得ない感じがする。マリアンヌ東雲の決意表明からは、“ あとはあなたたちで好きにやって頂戴。この件については、どのような意見も甘んじて受けます ” というような覚悟さえ感じられ、実際、その後のツイートはわずか 5 件にとどまり、事実上の終結宣言がなされている。このあたりの機微は、ファンである胞子たちが察する ということで良いのではないか。
敢えて言えば、音源化する前から実演会で 「 ノイジー・ベイビー 」 を演奏してきた経緯があり、カヴァー当初に挨拶が出来ていなかったことについては、マリアンヌ東雲の中にも葛藤があるのではないか とも思う。

法律の要件を持ち出してきたツイートもあったが、その点では正にカルメン・マキの出番はない。売上に応じて法定の使用料を支払うだけで事足り、そもそもご挨拶云々など、全く必要ないのだ。ご挨拶というのは、斯界でご飯を食べていくに当たって、仕事をやりやすくするための手続きにすぎない。そして、「 ノイジー・ベイビー 」 という楽曲に関して言えば、カルメン・マキは作詞・作曲者 ( 著作権者 ) ですらない。
ツイートの流れから雰囲気だけで “ 著作隣接権 ” “ 同一性保持権 ” といった難解な単語が登場し、知ったかぶりの誤った論争が展開されるに至って、弁護士ドットコムのサイトも見過ごすわけにはいかなくなったようだ。

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歌い手は、著作権法では楽曲の伝達者 ( 実演家 ) で、自分の歌声に対する権利 ( 著作隣接権 ) はありますが、楽曲に対する権利はありません。ですから、原曲の歌声を使わないカバーには、歌い手の許可は必要ありません
ただ、作品の中には、ある歌い手のために作曲された楽曲、あるダンサーのために作られたダンスなど、その実演家がいなければ存在しなかった作品や、創作過程に実演家が深く関わっている作品もあります
カバーに際しては、法的な権利はなくても、一言挨拶をするなど、原曲の歌い手に対する何らかの敬意の表明はあったほうがよいと思います。カバー曲を歌うほうも同じ実演家なのですから

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生方ノリタカ @ubieman 6月12日 20:44
これはマキさんの感覚が普通。作曲家が特定の歌手のために曲を書くということの意味を、最近の音楽業界人は知らないらしい。その歌手のために書かなければ存在しなかった楽曲は無数にある。その歌手の存在がその曲を書かせたと言ってもいい。
→演奏家

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そして、ここで述べられている “ 一言挨拶をする ” は、カルメン・マキの提示する要件は満たしていないものの、キノコホテル側からは一応、なされている。

同一性保持権に関する騒動としては、’07 年、作詞家・川内康範 ( 耳毛の衝撃的ヴィジュアルがお茶の間を恐怖のどん底に叩き込んだ ) と歌手・森進一が争った “ 「 おふくろさん 」 騒動 ” が記憶に新しい。また、今年 ’15 年 年頭には、作詞家・沢ちひろと歌手・沢田知可子が大ヒット曲 「 会いたい 」 を巡って著作者人格権を争っており、沢ちひろは大阪地方裁判所に提訴している。いずれも、歌手側が作詞家に無断で、歌詞を勝手に改変したことが大きな争点となっている。
森進一は “ あの歌は < 森進一のおふくろさん > ” と余裕のコメントをしていたが、JASRAC の決定により改変した 「 おふくろさん 」 を歌えなくなった。また、沢ちひろが提訴に踏み切るほど心証を害したのは、バラエティ番組で沢田知可子が、ヒット曲が出ても、歌手には印税が全く入らないことを 「 会いたい 」 の替え歌で嘆いたためである。内容の是非はともかく、あれだけの大ヒット曲を歌唱したにもかかわらず、その恩恵に一切預かれない歌手の立場の弱さは、正に涙を誘う。
いずれも、実演家 ( 歌っただけのヒト ) の権利は法律的にも、金銭的にもほとんど補償されていない ということを物語っており、なんらかの法的な補填について考えさせられる。


※ 沢田知可子の 「 会いたい 」 提訴取り下げ! 作詞家・沢ちひろ “ 体もたない ” 2015 年 7 月 13 日

歌手の沢田知可子のヒット曲 「 会いたい 」 を改編されたとして、損害賠償を求めていた作詞家の沢ちひろが提訴を取り下げた。沢は沢田が 「 会いたい 」 のパロディ曲をテレビで歌ったことや、アルバムに収録されたバージョンで歌詞がはじまる前に英語の歌詞が付け加えられたことで、精神的な苦痛を受けたとしていた。「 会いたい 」 を沢田に歌ってほしくないと話していた。
沢は ’15 年 7 月 10 日、テレビ朝日系列 『 モーニングバード! 』 で提訴取り下げの事情を語った。救急車で運ばれて緊急入院し、意識不明で集中治療室に 1 週間ほど入っていたという。ストレスによる低カリウム血症と診断を受け、医師からはこれ以上裁判を続けるとストレスで体が持たないと言われたという。
また、入院生活を送るうち、“ 曲を守るつもりが、傷つけていたことに気付いた ” ということで、現在は “ 毒素が抜けた気持ち ” という。沢田に対しては、“ 金銭も謝罪もいらない ” “ ファンの方のために、できるだけ長い間歌ってください ” などと話している。


さっさと舞台を降りてしまったマリアンヌ東雲やサミー前田に代わって、高橋健太郎、吉田豪、等業界の識者やご意見番、七尾旅人、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、大森靖子、八木啓代、等歌手や実演家といった同業者、カルメン・マキの友人である津原泰水、桜井李早、等、さらに当然のことながら双方のファン、果ては単なる野次馬も含め、物凄い数のツイートがなされた。そして、それらに対して、けっこうなレベルでカルメン・マキが応戦していること自体は、むしろ称賛に値することだと思ったりもする。
それにしても、七尾旅人のツイートはさすがだ。カルメン・マキの心情を見事に汲み取っている。


七尾旅人 『 リトルメロディ 』

 1. きみのそばへ
 2. 圏内の歌
 3. my plant
 4. Everything is gone
 5. サーカスナイト
 6. 湘南が遠くなっていく
 7. きみがなおるひ ほほえみのひ
 8. 劣悪、俗悪、醜悪、最悪
 9. busy men
10. NO HOME
11. 七夕の人
12. 銀河を渡る子供たち
13. アブラカダブラ
14. Chance☆ლ(╹◡╹ლ)
15. Memory Lane 試聴する
16. リトルメロディ

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七尾旅人 @tavito_net 6月14日 6:36
先人の努力によってカジュアルにカバーできる法整備がなされていることは確かに良いことではあるが いつしか 歌や人間をめぐる言葉がどこか軽く 貧しくなっている おそらくカルメンマキさんはそう感じて違和を表明したのだろうと思った

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高橋健太郎 ( 文筆家 / 音楽制作者 OTOTOY プロデューサー ) は、このカルメン・マキの “ 相手の了解を得る ” というルールに対して違和感を述べ、ここから別の論争が始まる。カルメン・マキが個人的に不快に感じたキノコホテル側の態度を業界のルールに違反している と主張したことに対して、そのようなルールはない というのが高橋健太郎の立場だ。

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kentarotakahashi @kentarotakahash 6月12日 20:14~
@carmen__maki 例えば、ある日のライヴで、突然、誰かのカヴァーを歌いたくなって、歌うことがマキさんにはありませんか? そこで思いのままにカヴァー曲を歌っても、誰かの権利を害することなく、咎められることもないように、JASRAC のシステムは作られていたりします。 
しかし、そこには他のしきたりがあって、著作権的な問題はなくても、歌えない、あるいは面倒くさいから歌わない。そういうことになったら、音楽の世界はどんどん窮屈なものになっていきます。私はそういう窮屈さを招くことをなるべく減らしたい、と考えています。
マキさんが先方の非礼に不快を表明したことも、キノコさん側がそれを面倒臭いとして、カヴァー演奏をやめたことも、個別の案件としては、ままあることで、私が立ち入ることでもありません。が、そこにおけるマキさんの主張の正しさを「業界のルール」と主張されるのは困る。

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しかし、読むだけで気分が悪くなるくらい嫌な言葉が使われているツイートも沢山あった。カルメン・マキにしろマリアンヌ東雲にしろ、このようなバックアップは決して望んでいないだろう。いわし亭の見た中では、カルメン・マキの友人という桜井李早、津原泰水の二人が特に気になったが、単に野次馬的に参戦してくるツイートには、ここにさらに無責任が加わる。ただし、彼らは業界人でも、当事者でもないので基本、無視する。興味のある方は、今現在もはや無数に存在するまとめサイトを参照されたい。

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桜井李早 Risa Sakurai @RisaPeace 6月11日 22:42
その汚い音楽を生産している彼女、こんなこと言ってるようなんだけさ、“ しなやかに可愛く年を重ねていきたい ”… バンドの名前が名前だから、黴、はえちゃうんじゃない? 何しろ走ってるし汚い音楽だから。ノイズって問題ではない、感性がヤサグレている印象があるがね、私には。
→作曲・作詞、歌い手、文筆活動。国立音楽大学卒業。夫はギタリスト / 音楽プロデューサーの桜井芳樹

野間易通 @kdxn 6月13日 12:40
きちんと権利クリアしてるものに挨拶がなかったとかいっていちゃもんつけるの、ただの老害でしょ。
→元 『 ミュージック・マガジン 』 副編集長

ED影山@おしゃれライフ @blacktuna 6月13日 15:35
JASRACにカネさえ払えばざっくり基本コピー・カバー・公衆送信自由 っていうルールがネット普及以降一般人にも周知され機能し始める反面 芸能界 ( ? ) の古き良き体育会的伝統をも潰してしまったという… やっぱ老害と言われても仕方ないな 私の歌なら信託せず自分で管理すれば


津原泰水 @tsuharayasumi 6月17日 18:19
坂本九とそのご遺族に 「 上を向いて歩こう 」 の権利は無いとでも ? いちおう視聴しての感想ですが、キノコホテルさんがああも下手糞じゃなかったら、特に問題は起きなかったのでは。そしてキノコホテルさんは、なんでまたマキさんの曲をカバーしたの ? マキさん依存の話題づくりでは…? 

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津原泰水のスキルに関するツイートは実に不毛である。未だに、こうした発言をする人がいること自体、驚かされる。上手、下手やアレンジの優劣は、結局はリスナーの好みでしかない。楽器を扱う技術において最も長じているのは、客観的に見れば、クラシック コンクール優勝者で、彼らに比すればポピュラー音楽の実演家など大同小異、取るに足らない存在だろう。上には上がいる ということではあるが、そもそもそんなことは音楽の本質とは何の関係もない。楽譜を正確に再現することだけが価値であるような実演の場合は当然除かれるが、楽譜のない音楽なんていくらでもある。
音楽における技術とは、表現欲求に対して必要にして十分かどうか という点が問題になるだけである。演奏の巧拙を絶対値で比較すれば、例えば、ザ ビートルズやセックスピストルズよりキングクリムゾンの方が上手い ということになるが、これらのバンドをロック史において検証する場合、そんなことは正にどうでもいいのだ。
ロバート・フィリップ師父は ’80年にキングクリムゾンを再結成するに当たり、セカンドギタリストとして、音楽的教養の全くない ( なにしろ、この御方のダンエレクトロのギター、チューニングされていないんよ ) アート・リンゼイに声をかけている。残念ながら断わられてしまったが、さすがはフィリップ先生、目の付け所が違う。


『 NO NEW YORK 』 

 1. Dish It Out
 2. Flip Your Face
 3. Jaded
 4. I Can't Stand Myself
 5. Burning Rubber
 6. The Closet
 7. Red Alert
 8. I Woke Up Dreaming
 9. Helen Fordsdale
10. Hairwaves
11. Tunnel
12. Puerto Rican Ghost
13. Egomaniac's Kiss
14. Lionel
15. Not Moving
16. Size


ブライアン・イーノがプロデュースし、当時のニューヨーク アンダーグランドの胎動を見事にパッケージした 『 ノー ニューヨーク 』 ( ’78 ) の中で聴けるアート・リンゼイとモリイクエのコラボレーションなど、技術至上主義のリスナーからすればただの資源の無駄遣いでしかないだろう。しかし、このアルバムが提示した方向性が、その後のオルタナティヴ シーンに与えた影響は計り知れない。 ’81 年、ザ ラウンジ リザーズのファーストアルバムにも参加したアート・リンゼイは、ここでもとんでもない演奏を聞かせ、当時のジャズ ファンの度肝を抜いた。

翻ってキノコホテル。’12 年暮れ、エマニュエル小湊が退社し、新たに入社したジュリエッタ霧島のベースは、従来のキノコホテルの楽曲に対してスキルが過剰すぎ、当初、違和感すらあった。当時、上手ければいいというものでもない ということを痛感させられたものである。マリアンヌ東雲はこの霧島のスキルを十二分に生かすため、バンド全体のスキルの底上げを画策し、結果としてキノコホテルのリニューアルに成功したのであった。「 ノイジー・ベイビー 」 はこの新生キノコホテルが万全を期してカヴァーした楽曲ということになる。
なお、いわし亭の 「 ノイジー・ベイビー 」 についての感想であるが、最初に聞いた時から、これはキノコホテルらしくない曲だなぁ という違和感があった。従って敢えて言えば、この曲への思い入れはそれほどないし、今後の実演会で聴けなくなってもさほど残念には思わない。

最後に残る問題は、その楽曲に対して敬意が払われているか、どうか? という点である。例え、法的・道義的な手続きが踏まれていたとしても、作者や歌唱者にとって楽曲は自分の分身のようなものだから、気に入らない 不愉快に感じる ということはあるかもしれない。けれども、キノコホテルのカヴァーは非常にストレートなもので、奇を衒ったものではない。前出のインタヴューにもあったように、カヴァーするに当たって、十分な注意と敬意が払われていると感じるが、ここはカルメン・マキご本人ではないので、何とも言えない。


そして、つまるところ “ 歌は誰のものなのか? ” 
これは単にカヴァーする・されるといったレベルではなく、実は歌の封印や放送局等での放送要注意判断 ( 自粛 ) 等、表現の自由に深く関わってくる問題なのだ。実際、キノコホテルによる 「 ノイジー・ベイビー 」 は封印されたことになるわけだし。

封印歌謡曲に関しては、三才ブックスから発行された石橋春海著 『 よみがえる封印歌謡 いったい歌は誰のものなのか 』 に詳しい。同書にカヴァーに関する封印で有名なエピソードが取り上げられている。
主人公は東芝音楽工業 ( 現 EMI  ミュージックジャパン ) のディレクター時代、ザ ビートルズの来日記念 日本独自編集ベスト盤、フォーク クルセダーズの 「 イムジン河 」 、そして黛ジュンの 「 真赤な太陽 」 のカヴァーと、実に三度も封印の奇禍に見舞われた高嶋弘之。女優で妻の寿美花代と 『 ごちそうさま 』 での夫婦共演が有名な俳優 高島忠夫の実弟である。

ザ ビートルズのブームを作った高嶋がヒットメーカーとしての腕を買われ、会社辞令で次に取り組んだのは、斬新な和製ポップスの制作であった。ビートルズの来日以降、グループ サウンズ ( GS ) はドル箱となっており、この GS をも含んだ和製ポップス ジャンルの開拓は各レコード会社にとって急務だったのだ。
高嶋の言に拠れば、この状況にはレコード業界において慣習となっていた作家専属制を崩したという点で大きな意味があった。当時、作詞家・作曲家はレコード会社との間で専属契約を結んでいたため、他の会社とは仕事が出来ないという事情があり、楽曲のカヴァーについても、2 年間は他社の録音はできなかった。
ところが、和製ポップスに関しては、洋楽ディレクターがフリーの作詞家・作曲家と組んで作ったものがほとんどで、制作費も外部の会社や個人が出しており、ディレクターは何の制約も受けず、全く自由な立場で録音することが出来たのである。
作詞家・作曲家が特定の歌手のために曲を書いていたのは、会社としてそういう慣習が先にあったからで、別にお互いがお互いを認め合って意気投合 といった美談が必ずあるワケではない。そして、そういうケースというのはむしろ和製ポップスの制作スタイルが一般化した ’80 年代以降の方が多いと思う。

’68 年、高嶋はシングル盤 「 恋のハレルヤ 」 を 48 万枚、「 霧のかなたに 」 を 60 万枚ヒットさせ大人気だった黛ジュンで、4 曲入りコンパクトディスク ( 33 rpm 17 センチシングルをかつてそう呼んだ。いまじゃ、コンパクトディスクと言えば、CD のことですな ) を企画、カップリング曲として美空ひばりの 「 真赤な太陽 」 のカヴァーを提案する。
作曲者の原信夫がフリーであったことから、日本コロムビア側との交渉もスムーズに進み、法律的な問題もビジネスライクにクリアされていたが、カヴァー情報をつかんだひばり親子サイドから日本コロムビアに、“ 東芝から 「 真っ赤な太陽 」 が出たら、ひばりはコロムビアをやめる ” との勧告が入ったのである。
このコンパクトディスクにはすでに 20 万枚の予約が入っており、プレスも進んでいたため、当時 500 万円 ( 時価 4000 万円 ) の示談金 ??? が、日本コロムビアから東芝に支払われたという。この黛ヴァージョンの 「 真赤な太陽 」 が晴れてシングル盤で発売されたのは、実に 26 年後、ひばりの死後 5 年が過ぎた ’94 年のことである。

楽曲を他社に貸さないように出来る制度はすでにない。現在は強制許諾であり、JASRAC に登録されている曲であれば誰でも録音可能だ。録音前に許諾を取る必要もなく、録音後に JASRAC に届け出ればよいのである。
高嶋は言う。“ アメリカではカヴァーというのは名誉なことなんです。僕は洋楽をやっていたから、そういうのがよく分かる。僕は当時の会長のところに行きましたよ。でも謝りに行ったんじゃない。僕のやったことは決して誤りではない。10 年後には当たり前になっている。今はまだ、みんなが理解できないから、他人の作品を盗ったみたいに言われてるけど、これは当たり前のことなんです と、きちんと説明した ”

そもそも日本のポップスは、’59 年 ( 昭和 34 年 ) から 10 年間続いたフジテレビの大ヒット番組 『 ザ・ヒットパレード 』 に代表されるような、洋楽ヒットに日本語の訳詞をつけて歌ういわゆるカヴァーからスタートしている。
この訳詞に関しては翻訳家が活躍するわけだが、漣健児、岩谷時子、安井かずみ、等々若手翻訳家たちの手による見事な換骨奪胎 ( ※ ) が洋楽ポップスの魅力をダイレクトに伝え、洋楽は急速に受け入れられていく。実際、当時のライヴ アルバムなどを聞くと、多くの歌手がそのレパートリーを補う意味で洋楽カヴァーを歌っている。例えば、実況録音盤で聴けるザ ピーナッツの 「 エピタフ 」 ( キング クリムゾン ) や黛ジュンの 「 ヘイ ジュード 」 ( ザ・ビートルズ ) 等々は訳詞ではないけれども、なかなかの完成度なのだ。
その後、若手翻訳家たちは身に付けた訳詞テクニックと洋楽センスをベースにオリジナル曲の作詞家として台頭していくわけだが、実際、この洋楽カヴァーの学習期間がなければ、日本のポップス界は相当、出遅れたに違いない。洋楽では常識となっていたカヴァーという方法論こそが、日本のポップス界の土壌を作ったという事実について、カヴァーに否定的な論者はどのように考えているのか 訊いてみたいものである。

※ その訳詞はノリ重視であり、正確に意味を伝えるという本来の目的から大きく逸脱したものが多い。例えば、岩谷時子が ’52 年に訳詞した 「 愛の讃歌 」 。美輪明宏のリサイタルに行くと、この曲が最後に歌われることが多いが、岩谷の訳詞に対する美輪さんの MC はかなり辛辣である。実は、当時放送されていたアメリカのテレビドラマやカトゥーンなども日本的なテイストが加味され、オリジナルとは似ても似つかぬものになっているものが多かった。いわし亭が大好きだったアニメ 『 幽霊城のドボチョン一家 』 など、牧伸二、由利徹、南利明、等々がアドリブで自分のネタをふんだんに持込み、東北弁の狼男 ( 日本版での設定は “ 人喰いライオン ” )、名古屋弁のドラキュラ伯爵など、ブッ飛んだキャラを創造していたものだ。


さて、この “ 歌は誰のものなのか? ” という質問に図らずも同業者が回答する形となったツイートがいくつかあるので、紹介する。我が最愛の大森靖子のツイートが、実に頼もしい。
そういえば、マリアンヌ東雲は愛聴盤として近田春夫 & ハルヲフォンの 『 電撃的東京 』を挙げている。つまりはキノコホテルの 『 マリアンヌの休日 』 と 『 マリアンヌの逆襲 』 は正にマリアンヌ流の 『 電撃的東京 』 だったのだ。
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大森靖子 ( おおもりせいこ ) @oomoriseiko 6月17日 14:35
“ 曲なんて自分からうまれて、自分の中からはみ出てしまった時点で実際自分のものって感じあまりしない。歌うたび新鮮で、なんだこの曲すげー! って感動したり、この時何考えてこんな曲つくったんだ? 意味わからんとかも思う。私に関係なく勝手に育ってくれるのが愉しい。子離れできないのは好きじゃない ”
→シンガーソングライター

ケラリーノ・サンドロヴィッチ @kerasand 6月12日 12:19
もし原曲にリスペクトのないカヴァーが全く許されなかったら、70 年代後半のニュー・ウエーヴはあれほどに面白くならなかったろうとは思う。
→ミュージシャン、劇作家、俳優、脚本家、演出家、映画監督。『 ナゴムレコード 』 主宰。劇団 『 ナイロン100℃ 』 主宰

及川眠子 @oikawaneko 6月12日 4:42~
@kentarotakahash @WORLDJAPAN 詞や曲をいじることなくカヴァーする場合、著作者に許諾を得ることもなく、サンプル盤も滅多に送られてません。CM やパチンコ等に使われたり、外国語訳されるときはきちんと許諾を求めてきますが。今や業界のルールなんてあってないもの。
歌ってもよろし、と許諾を出せるのは基本的に作詞家と作曲家だけ。だって著作権者だからね。だけど歌自体は歌手のもの。と同時に世の中のもの。いい歌ならいろんな人が歌っていいじゃん、と思うんだけどねぇ私なら。
→作詞家 「 残酷な天使のテーゼ 」 ( 高橋洋子 ’11 年 JASRAC 賞金賞 - 著作権分配額 1 位 ) 「 淋しい熱帯魚 」 ( Wink ’89 年 第 31 回 日本レコード大賞 ) 「 東京 」 ( やしきたかじん ’94 年 全日本有線放送大賞・読売テレビ最優秀賞 )

石川誠壱 @ishikawasei1 6月13日 2:28
昔はカバーしていても元歌の人に挨拶する習慣なんかなくて、なかったからこそ 「 ハルヲフォンの 『 ブルドッグ 』 を聴いてショックを受けたおりも政夫 」 なんて話が、一種の美談として流通していたんじゃないか。アレを美談めかして 『 電撃的東京 』 のライナーに書いていたのって誰だっけ。そうだ渋谷陽一だ。
→歌手、執筆家

Nobuyo Yagi 八木啓代 @nobuyoyagi 6月13日 11:33
マルシアル・アレハンドロが私のために書いた曲 「 Esta mujer 」 は、いま、メキシコで何人も別の女性歌手がカバーしてるけど、挨拶なんてされたことないし、私も不要だと思ってる。歌い手それぞれに解釈があっていい。歌ってそういうものだと思う。
→ラテン歌手、作家、エッセイスト、ジャーナリスト、音楽コーディネータ

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以下はビートたけしの 『 漫才病棟 』 ( ’93 / 5 ) の “ 文庫版へのあとがき ” の中の一節である。ややニュアンスは異なるが、著作物への態度としては参考になる。
著者の手を離れれば本はひとり歩きするものだから、読者がどう受け取ろうとこちらがとやかくいう筋ではない。それぞれの人が独自に楽しんでもらえるなら、それが著者冥利というものだと思う。 ( ’95 / 11 )

喜納昌吉の代表作 「 花 」 は、日本国内はもちろん、台湾、タイ、ベトナム、アルゼンチンをはじめ世界 60 か国以上で、多数のアーティストにカヴァーされている。しかも、驚くべきことに、それぞれの国のリスナーは、自分の国の古い民謡か何かだと思っているらしい。喜納昌吉自身、著作権という考え方には馴染まない国でのヒットが多く、印税収入は少ない としている。何とも感動的なコメントで、さすがはウチナーンチュ、なんくるないさ~ という所なのだろう。







閑話休題 いわし亭の大好きなカヴァー曲
バウハウスが T.レックスをカヴァーした 「 テレグラム・サム 」。このカヴァーは物凄い。原形をとどめないほど破壊しつくしていながら、それでも楽曲のテイストは残っていて、異常なカッコよさなのなのだから、お見事! と言うほかない。まさに、オルタナティヴ ( もう一つの選択 ) と言う感じがする。もし、マーク・ボランが生きていて、これを聴いたら、手を叩いて喜んだことだろう。

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妻とこの件について話していた時です。ほとんど忘れられたようになっている過去の大物が、新しい才能の出現を目の当たりにして、自分の居場所がどんどんなくなっていくことへの哀しさから、感情的な意見をたくさん言ったとしても、それは許してあげるべきではないか というようなことを言っていて、なるほどなぁ と感じました。女性と老いというテーマには、いろいろとデリケートな問題が絡みます。
カルメン・マキさんは、マリアンヌ支配人の “ しかし歌い手の方が何やら今更騒いでらっしゃる模様なので、もう二度と演らないと決めました。面倒臭いから ” というツイートを見て、さらに感情的になってしまったようです。感情論に対して、いかに論理的な説明を行っても、それは無力です。
“ その御本人のコメントの最後に 「 面倒くさいのでもうあの曲はやらない 」 とあるのでも解るように、つまり、仮に相手が私ではなかったとしても、先人に対するリスペクトや楽曲の良さ、は重要ではなかったのだと解釈されます。彼女の 45 年後が観たいです。頑張って下さい ”
ここで、45 年後と書かれているところに、妻の指摘がかなりのレベルで、的を得ているのだなぁ と納得しました。ただし、妻もカルメン・マキさんもマリアンヌ支配人のお年をかなりお若く見積もっていますね。

いずれにしても、カヴァーに関して、カルメン・マキさんの仰るようなしきたりが未だ厳然と存在するのであれば、モノ真似やパロディといった文化はいっさい育たないでしょう。実際、これらの文化に対する意識は欧米に比べると、驚くほど低いように思います。
“ チキンラーメン ” “ ウインドウズ ” “ 初音ミク ” が、なぜこれほどまでに世界的に、爆発的に普及したのでしょう? それは、安藤百福さん ( 日清食品株式会社創業者 )、ビル・ゲイツさん ( マイクロソフト社の共同創業者兼元会長兼顧問 )、伊藤博之さん ( クリプトン・フューチャー・メディア代表 ) らオリジネイター達に、例えリスペクトの感じられない、取るに足らない下らないコピーまがいのものでも、排除しない大らかなキャパシティがあったからです。
その意味で、いわし亭は基本的には、カルメン・マキさんの意見には賛成できません。
’64 年、日清食品は登録していた即席ラーメンの製法特許権を公開・譲渡します。その際に安藤百福さんが語った言葉を紹介します。“ 日清食品が特許を独占して野中の一本杉として栄えるより、大きな森となって発展した方がいい ”


しかしながら、以下カルメン・マキさんが主張されていることは至極、ごもっともで驚くほど心に入ってくるのです。これは 6 月 12 日の 15 時から 18 時にかけて綴られたもので、このツイートに対する反論はなかなか難しいのではないかと思います。前出の七尾旅人さんのツイートはこの内容に見事に寄り添っています。
実はいわし亭は、物事を大きく変えていくのは、感情論でしかない と思っています。当時者意識の皆無な、冷静で客観的な意見に、人の心を動かす力はありません。カルメン・マキさんがツイッターで獅子奮迅、孤軍奮闘 ( マキさん擁護派でありながら、読むに堪えない表現を使った方が沢山、いらっしゃいます。あえて孤軍という言葉を使います ) の状態でされた膨大なツイートは、一部を除けば、決して揶揄されたような老害などではなく、彼女の歌声同様、とても感動的なものでした。
今回は最初のボタンの掛け違いが結局、修復不可能な事態にまで発展してしまったわけですが、カルメン・マキさんにもマリアンヌ支配人にも譲れない部分は確かにある。その意味で、どちらもプロらしい態度に徹していて、何れが正しくて何れが間違っているとは、言い難く感じました。

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カルメン・マキ @carmen__maki 6月12日 15:48~18:20
まず第一に、私は 「 ノイジーベイビー 」 がカバーされたことに異議を唱える Tweet をしたことは一度もありません。第二に、あの曲の著作者がクニ河内氏であることも勿論承知しています。どころかあの曲以外にも氏とは仕事をしているし当曲自体、氏と会社との相談の末に出来た楽曲だからです。
蛇足 ) 当時、私はロックに傾倒し、それまでの歌謡曲路線が嫌で、ハプニングスフォーのファンでもあった故、CBS / SONY の担当ディレクターと相談、クニさんの協力を得て出来た、私にとっては思い出深い、後のロックへのステップを踏むべく重要な楽曲でした。
したがって私は、ただあの曲を歌っただけの歌手であります。著作者ではありません。と同時に同曲を歌ったオリジナル歌手でもあるわけです。
蛇足ながら、今回のように他者がカバーする場合、著作者には印税が発生するが歌手には印税などは発生しません。では、私は何に対して異議を唱えたのか…
シンプルな話です。カバーする側の人間の非礼に対してです。著作者の了解を得れば、オリジナル歌手など無視に等しきその言動です。口や態度には現れずとも、その見下し上から目線は様々な形や空気で伝わって来るものです。
そう言うこと自体が 「 老害 」 だそうです。では私個人、或いは私の知りえる音楽家仲間達はどうでしょう。何度も書くのが面倒なんですがもう一度書きます。
私の過去の作品は多くのアーティストにカバーされていますが今回のように私が 「 歌唱しただけ 」 の作品についても必ず事前にお話がありました。ライブ当日に初めて会って事後承諾ではなく。きっかけがそうであれば後日改めて連絡があってもいいはずです。
また、これも先にツイートしましたが人によっては他人にカバーされるのを良しとしないアーティストもいます。自分の歌った歌が広く人々に知れ渡り売れる事を望むのではなく 「 自分にしか歌えない 」 、それだけ強い愛着を持っていても私には不思議ではない、むしろ尊敬します。
親しい音楽家同士でさえカバーする時は了解を得るのが普通です ( かく言う私も若かりし頃には失敗もあったかも。もし無礼があったらこの場を借りてお詫びします。連絡してください ^-^ ) 。
自分に話を置き換えれば確かに若かりし頃には他人の歌でも何も考えず歌ってきた過去があったかもしれません ( 多分ないと思いますが ) しかしこの歳になり私がカバーされる立場になった時、音楽家にとって、一曲一曲が正に自分が産んだ子供のように愛おしく大事であること。だからこそ安心して他人に委ね、ひょっとしたら自分よりも上手に育んでもらえるかもしれないという思いに至ったのです。私の前にも数えきれない先人達がいます。彼等の残した足跡と彼等が育んできた音楽の歴史も又、正しく伝えられ継承されなければいけません。
こうした意識が音楽家にもそれに関わる人達にもあるのか、今回の当事者や無責任な発言を見るにつけ甚だ疑問です。カバーをするしない、それに纏わる手続きなどはシンプルな事務処理の問題であって先にも再三書いているように初動の失敗 ( 意思疎通の失敗 ) であるわけで大した事じゃない。しかし、その後の対応や世相に面白いように今のこの国の音楽に対する反応が現れている。相手が私だったからなのか、それとも私だけではないのか知らないけれど、音楽や音楽家に対する貧しい感性、知ったかぶり、差別、偏見。
上下関係とか、しきたりとか、馬鹿な事言わないでね...。音楽をやるのは人間です。人間には心があり感情があり、人と人の間には人としての礼儀やルールというものがあって社会は成り立っているのです。礼儀やルールというのは相手への誠意であり尊重ともいえる。
こうして言葉で書くと固くて説教がましいと感じる人もあるかもしれないが、これは私達が普通、日常生活の中で無意識にやっていることです… と思っていたのですがどうやら最近の日本では通じなくなっているようで。これをして老害といわれるらしい。残念な国になりました @carmen__maki

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※ ツイートに関しては、原文を尊重し、表記の統一などは行わなかった。ただ、一点、カルメン・マキの楽曲である 「 きのう酒場で見た女 」 については、これが前後の文脈から曲のタイトルかどうか分かりづらかったため、 「 」 を加えた。また、読みやすくするために改行を入れた箇所、いくつかに分かれているツイートを一つにまとめた箇所もある


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