2013年3月1日金曜日

ぼくたちの失敗~森田童子 その同時代性


今から20年も前になるが、当時テレビをほとんど見なかったいわし亭が、それでも毎週、熱心に見ていたドラマがあった。脚本家 野島伸司の名を一躍有名にした 『 高校教師 ~ 禁断の愛と知らずに 』 である。ドラマは、教師と生徒の恋愛や同性愛、強姦、近親相姦、自殺など “ 社会的タブー ” をテーマにし、大変な話題を呼んでいた。

「ところが森田童子の死後の世界からささやきかけるような不吉な主題歌にのって始まった 『 高校教師 』。寝っころがって見ていた私は、あまりのタダモノじゃなさに思わず正座してしまった 」 ( 小野町子 週刊SPA! ’93/2/17号 中森文化新聞 ~ 『 高校教師 』 は今一番アヤシイ女子高生ドラマなのだ!!~ より )


登場人物の異常な性格設定や複雑な人間関係、タブーを安易に持ち込むことによってドラマトゥルギーの後退を払拭しようとする例は、この『高校教師』に限ったことではないから多くは語るまい。いわし亭がこのドラマに興味を覚えたのは、森田童子という記号のためである。


“ 聴いていると、自殺したくなる音楽 ” “ 聴いてはいけないものを聴いてしまった罪悪感 ” 等、森田童子の音楽に関してなされる論評の多くは、“ 暗い ” という一点を必要以上に強調したものが多かった。前出の紹介記事も全く同様のトーンで書かれていることは、一読すぐさまお分かりになるだろう。しかし、ここで言及されている  「ぼくたちの失敗 」 は、この記事に書かれているほど、暗い曲ではない。






森田童子


だいたいこの漢字を見てすぐさま “ もりたどうじ ” と読める人が、今現在、いったい何人いるだろうか? またこの名前を見聴きして男性か? 女性か? すぐさま判断出来る人が、何人いるだろうか? この疑問はジャケットのヴィジュアルを見た瞬間、さらに深刻なものとなる。カーリー ヘアの長髪に覆われ、サングラスで顔を隠した、正に性差を一切判別できないルックス。

その声の儚さに、この人が女性であることがはじめて理解される。いわし亭が森田童子の唄を聴いた時、この声にだけは、はっきりと性差が感じとれ、非常に残念に思ったものだ。
今回、この稿を起こすために久しぶりにLPを引っ張り出して聴いてみたが、初めて聴いた時とその印象は全く変わっていなかった。

「’52年生まれと言われる森田は、現役時代から謎めいた歌手だった。学園紛争で高校を中退したらしいが、本名や出身校は不詳。’72年、友人の死をきっかけに歌い始めたという。彼女の歌には、そうしたころの青春、心の内側が、まるで私小説のように、きわめてリアルに描かれている ~ 略 ~ 実生活については一切語らなかった。自分のことを常に “ ぼく ” と呼び、そうすることで、みずからの “ 性 ” すらも拒絶しようとしていたかのようだ 」 ( 山家誠一 アエラ ’93/3/9号~’70年代の残像  幻の歌手 < 森田童子 > が奇跡の復活~ より)



彼女の歌には不思議なデ ジャヴュ感覚が存在する。

作品は、限定された個人的な願望をモチーフにし、彼女の歌の世界同様、普段も物静かで、自身の生活感を作品に投影することはあえて避けていた とされている。結果として産み落とされたそれは、社会的事象と無関係であるがゆえに、いかなる時代ともシンクロする透明感、普遍性を獲得しえたのだ。
彼女は、その時代、時代に同世代の誰でもが感じるような青春の光と影を、彼女独自の言葉で、ビーズの首飾りでも作るかのように、ひとつひとつ丁寧に綴っていった。リスナーの多くが、彼女の歌から感じるものの正体とは、実は、自分自身の精神の暗黒面そのものなのだ。常に “ ぼく ” と “ 君 ” しか登場しない彼女の世界は、聴く人それぞれに対するそれぞれの鏡となる。人々は彼女の歌の中にさらけ出されたあまりにも赤裸々な自分自身の本質に、恐れ慄くのである。


「ぼくたちの失敗」はシングル カットされ、1カ月で80万枚をセールス。銀座の山野楽器では、一時、シングル チャートのトップに躍り出た。これ以前のドラマでは、古い過去の楽曲を使うという例はほとんどなかったが、このヒットを契機にリバイバル ブームが起こった。


’80年代以降、ニューウェーヴの勃興により、楽曲がビート主体へと移行した結果、メロディ ラインの際立った音楽が稀有になっていた という環境要因は見逃せない。ビートが主体となったダンス ミュージックがシーンの中核を担っていた事実とリスナーが求めている音楽体験との隙間から、生身の人間が紡ぎ出すシンプルでアコースティックなものが浮上してきたことは、極めて必然的な帰結でもあった。


『高校教師 ~ 禁断の愛と知らずに 』 では、オープニングの 「 ぼくたちの失敗  」の他、「 男のくせに泣いてくれた 」 「 G線上にひとり 」 「 ぼくが君の思い出になってあげよう 」  「君と淋しい風になる 」 「 君は変わっちゃたネ 」 等が、エンドクレジットを飾り、さながらベスト オブ 森田童子の様相を呈した。



現在、森田童子のアルバムはベスト盤も含めてすべて廃盤になっており、楽曲を聴くには、熱心なファンがアップしてくれた youtube の画像を検索するか、中古盤ショップをこまめに探すしかない。
2003年、『 高校教師 』 の新作が制作され、再び 「 ぼくたちの失敗 」 が主題歌として使用されたが、それに伴いベスト盤 『 ぼくたちの失敗  森田童子 ベスト コレクション 』 が発売されている。このアルバムには「 海が死んでもいいョって鳴いている 」 ( アルバム 『 ラスト・ワルツ 』 収録 ) の歌詞を一部変更し、20年ぶりに新録音された 「 ひとり遊び 」 が収録された。せめて、このベスト盤くらいは、いつも手に入るようにしておいてもらいたいと思う。



2016年の夏、ついに森田童子のオリジナルアルバムが復刻された。(7月21日 追記)

ユニヴァーサルミュージックジャパン












4 件のコメント:

  1. 高校教師観てました^_^;
    何ともいえない世界観に圧倒されていました。
    なかでもこのテーマ曲はエンディングに流れるとゾクゾクした記憶があります。

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    1. そうですね。この作品は何度か、リメイクされていますが、やはりこのファーストシーズンのような魔法は、かからなかったようです。それくらい森田童子の歌声はインパクトがありましたし、映像と分かち難く結びついていましたね。

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  2. こんばんは。森田童子は私のもっとも好きなシンガーソングライターの一人ですので、おもわず食いついてしまいました。最近も新人アーティストの紹介で彼女の名前がときどき引き合いに出されるのでその都度聞いておりますが、なかなか彼女に比肩するような人には出会えず残念です。彼女の楽曲はアレンジも気が利いているとおもっております。この季節になると思い出す「春爛漫」など。中古盤はベスト盤以外高すぎるためユーチューブで全曲集めましたが、やはりオリジナル作品を復刻していただきたいものです。最近タワーレコードで復刻しているフォークの作品よりも需要はあるとおもうのですが。

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    1. そうですね。誰にも似ていない という点で森田童子は唯一無比と言えるのではないか と思います。そしておそらく、彼女のようなアーティストが出てくることは、もうないような気もします。アルケミーレコーズというインディペンデントレーベル主催の集合ライヴで、エンジェリンヘヴィシロップが森田童子のカヴァーを演奏しましたが、あれが意外に良い感じで、驚かされた記憶があります。確かに、せっかく復刻するのであれば、もう少しありがたみのあるアーティストを厳選してほしいですね。

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